▼△月と星と香る江(4)〔ふらいんぐの彼方に〕△▼ | チョロ助を追いかけろ

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子育て奮闘記とHQとCCさくらな日々


「緋梅に何かされなかったか?」

さくらが緋梅とランチ&お買い物から帰って、一番に小狼が言った言葉だった。
いくら小狼が心配性だとしても実の姉にこの言い草。逆を言えば彼は今までどんな仕打ちを受けて来たのだろう…。緋梅は「失礼ね!」と言い、さくらは「とっても楽しかったよ」と微笑んだ。さくらのその笑顔に小狼も内心ホッとして微笑んだ。
さくらはさくらで、出迎えてくれたのが小狼だったので待たせてしまったのではと心配したが、自分の仕事も少し前に終わったところだから気のするな。楽しかったなら良かった。と小狼は説明し、さくらを楽しませてくれた緋梅に感謝した。


やっと二人でいられる。そう思いながら屋敷を出たのは日が沈んだ頃だった。いつもは未成年だからと何かと言ってくる桃矢もいない。時間に関係なく国を行き来する小狼だって、忘れてしまいそうになるが未成年。それでも今日は特別だと姉達に許しを得て出掛けた。

「本当は九龍半島側から見た方が全体を見渡せるんだが、帰りは地下鉄やフェリー、それに迎えを頼んだとしても渋滞で身動きが取れなくなる。だからここで見ようと思う」
小狼に連れられて来たのは、中環(セントラル)の隣のエリア、灣仔(ワンチャイ)のウォーターフロント。カウントダウンまではまだ時間があるというのに凄い人で溢れ返っている。

カウントダウン仕様にライトアップされた近未来的なビル群、ヴィクトリアハーバーの海面に映し出されビルの光とたくさんの船の灯、その先に九龍半島のビル群まで眩しく光り輝く景観は圧巻だ。
「凄~い!これに花火も上がるんでしょ?昼間より明るくなりそう!」
小狼は対岸から…なんて言っているけど、ここからでも十分見渡せる。と、翠色の大きな瞳に、その光景を映してさくらが興奮気味に話す。

光に吸い寄せられる様にさくらが走り出そうとした。トンッ!と人とぶつかって倒れそうになったさくらは、すっぽりと小狼の腕の中に収まった。
「…ったく。迷子になりたいのか?」
呆れた様に聞こえたその声にさくらが見上げると、言葉とは違う小狼の優しい眼差し。さくらは頬を染めて「えへへ…」と笑う。この優しい眼差しの方が自分のした幼すぎる行動に恥ずかしさが増した。

この無邪気さがさくららしいのだが、そのまま何処かへ行ってしまうのでは。と無意味であろうことさえも考えてしまう。小狼はさくらを抱く手に力が入る。ギュッと抱きしめ、
「これからもっと人が増える…離れるな」吐息交じりに囁いた。
耳元で囁かれた小狼の声に、さくらの体温が一気に上昇する。さくらは声を出せずにただ頷いた。
しっかり抱きしめられ小狼の体温を感触を感じながら、二人で手摺に凭れて色が変化するビルの光を暫く眺めた。

その場で屋台で買い込んであったローカルフードを夕食替わりにする。すでにカウントダウンの場所取りはあちこちで始まっていて、二人も例外ではない。
串に刺さった肉団子の様な物から、蒸しパンに野菜とお肉を挟んだ物、ごま団子…。
さくらは小さな口で蒸しパンにかぶり付いた。口元がはみ出したソースで汚れたまま(美味しい…)と笑みを作りもぐもぐ口を動かしつつ、さくらは隣の小狼をそっと見上げた。
串から咥えた肉を起用に引っ張り食べるその姿は、ワイルドなのに口元を汚すことなく何処か上品に見える。昼間の緋梅もそうだが、やっぱり育ちの違う大富豪の御曹司。彼は何をどう食べてもそつなくこなす。
それに比べて、自分の食べ方の不器用さに恥ずかしくなり、視線をそのまま遠くのビル群に向けてもぐもぐと口を動かし心でため息を一つした。
すると口元に感じる感触に、ビクッと全身が跳ね瞬きをした。小狼の人差し指がさくらの口元にあるソースを拭ったのだ。その指を凝視して後を追うと、小狼はそのまま自分で指をペロリと舐めた。

「着いてたぞ、ソース」フッと笑って言う小狼。
「あ、ありがとう…」さくらは頬を染めて戸惑いながら呟いた。
「そっちのも、食べたい」
小狼は蒸しパンを持つさくらの手をそのまま掴んで自分の口元に運んだ。大きな口を開けてかぶり付く。さくらはそんな小狼の食べる姿さえ上品に見えて…そしてそのワイルドさに見惚れた。
「ん、うまい」と小狼は咀嚼しながら頷く。「こっちも食べるか?」そう言ってさくらの前に差し出された串焼き。
さくらは少し考える。食べたいけど、上手く食べられるだろうか?そう思っていると。
「ほら、咥えて」小狼に言われ、さくらは目の前の肉を咥えた。するとスッと串を引かれ、さくらの口に残る肉。さくらは唇と歯を使ってハムハムと肉を口の中に入れていく。
その必死な食べ方がどこか小動物のように見えて可愛らしい。口いっぱいに頬張って食べるさくらを小狼はただじっと見つめた。

「ふふふ…ほひひひ(美味しい)」
炭火で焼かれた香ばしい肉の香りが口いっぱいに広がる。お肉の美味しさにさくらがにっこり笑う。
串焼きのタレが『食べて』と言わんばかりに、さくらの唇を演出しているーーー。
なぜかそんな風に思ってしまった。小狼は気が付けば身体が勝手にさくらの頭を抱え込み、互いの鼻先が触れた。と思った瞬間には、さくらの唇に吸い付くように自らの唇を押し当てていた。
チュッと音を立てて離れる唇。すぐ傍に見えるさくらの瞳は驚きで見開き、自分の姿が映し出されていた。
「ごちそうさま」ペロリと唇を舐める小狼の目は何処か艶っぽい。
「……////」さくらは何も言えずにただ、真っ赤になって瞳を潤ませていた。

小狼自身も我に返った時には鼓動がうるさく全身を駆け巡っていて、自分でも内心驚いていた。それを隠すかのように、さくらをそっと抱き寄せて、ポンポンと頭を撫でた。
ーーーな、何やってるんだ…俺………。
自己嫌悪に陥る小狼。ほうっと息を吐く。
「……すまない。調子に乗りすぎた」
フルフルとさくらが頭を振る。
「ううん…。ちょっとびっくりしただけ……」
さくらの声にそっと顔を覗き込むと、ふふふ。と微笑むさくらに救われる思いだった。

「ねぇ?」さくらが小狼を見上げて首を傾げた。
「なに?」小狼は囁くように発せられたさくらの声を聞こうと、耳を傾けるようにさくらに近付けた。
チュッと頬に柔らかい感触。
「なっ!!?」
「えへへ…。お返しっ!」
驚いてさくらを見ると、べぇとちょこっと舌をだして戯ける可愛い彼女の顔があった。その悪戯が成功したかのように笑うさくらの顔を見た小狼は、驚いた表情を和らげフッと笑う。

「小狼くん、今、ちょっとだけ反省してたでしょ?」クスリと笑ってさくらが言う。
そんなさくらに返事を返せずにじっと見つめていると、
「びっくりしたけどね……、嬉しかったよ…///。なんかね、朝見た夢を一瞬思い出したような気がするの。夢でもこうして小狼くんと一緒にいたような…キスしてくれた…そんな気がしたの…///」
だから、反省とかしないで。とさくらは花が咲いたように笑った。
「……『そんな気』じゃなくて…」ーーーそうなんだけど。
と最後のところは心で呟く。
「やられたな…」
小狼の言葉にさくらは首を傾げた。

どちらからともなく二人の距離が縮まって唇が重なった。



カウントダウンまで一時間を切ることには、身動きが取れないほど人が集まっていた。さくらは後ろから小狼に抱きしめられるようにされている状態だった。最初は物凄くドキドキしてカウントダウンの時間まで心臓が持つか不安になるほどだったが、こうでもしないと逸れてしまうのでは。と思うほど人が無理やり前に横に割り込んでくる状態だったのだ。そしてやっと人の動きが落ち着いた頃、さくらの心臓も少し落ち着いた。
今は、その時を今か今かと待ちわびる。

「さっきより明るくなった気がしない?」さくらは見上げるようにして小狼を見た。
「ああ…ビルを照らす光の数が増えてきた」
小狼が指差す方を見ると確かに、ビルにたくさんの光が集中しているようだった。

「殘餘一分!!」
何処からともなく聞こえた声。不思議そうにしているさくらに「あと一分だ」と小狼が言った瞬間。

ビルの上から花火と歓声が上がる。それは流星のように尾を引く花火。あるビルを中心に正にカウントダウンに合わせてビルの横、ヴィクトリアハーバーの水面からも。それは次第に数が増して行く。
「「「10、9、8…」」」
あちこちから、広東語と英語が混ざったカウントダウンの声。それに合わせるように
「「5、4、3…」」小狼とさくらの日本語も混ざる。二人は手を握り合っていた。

「「2、1……」」

ドドンッ!!!
という貫くような振動と眩しいほどの花火とその熱風が全身を包み、割れんばかりの歓声が辺りを駆け巡る。

「「「新年快樂!!!」」」
「「「Happy new year!!!」」」

ビルには新しい年号の数字が電飾で彩られ、無数の花火が夜空に上がり光り輝く。

周りの歓声にかき消されぬよう、二人は向かい合い互いの額をくっ付けた。
「明けましておめでとう…小狼くん」
「おめでとう、さくら…」
小狼がさくらの頬に手を添えると、さくらがその手に自らの手を重ねる。互いに微笑むと今年初めてのキスを交わす。
周りの歓声、花火の音…全ての音が何処か遠くに聞こえ、互いの吐息だけを感じる。

二人はついばむように角度を変え甘く優しいくちづけを繰り返した……。








to be continued……



















◆◇◆◇……
やっと、年が明けましたよ…香港はまだ続くのです……。




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