▼△修学の旅(4)〔修学旅行のお話〕△▼ | チョロ助を追いかけろ

チョロ助を追いかけろ

子育て奮闘記とHQとCCさくらな日々


(あの子…。私を呼んでたよね?)

さくらは走っていた。さっき自分を見ていた少女はずっと自分を呼んでいた。そう確信して後を追っていた。と言っても走り去る後ろ姿ではなく、少女から感じる気配を頼りに。
見失いそうになるとその先の角に姿が見える。それを確認して角まで来るともう姿はなく、気配だけが残っている。そしてその先…。その繰り返しだった。

古い香港の街並みと、新しい街並み。その二つを持つこの『九龍城』(ガウロンセン)カオルーンシティと呼ばれるこの一体は、食の街とも言われているだけあり、独特な匂いが街全体を包んでいた。美味しいものを求めてやって来た地元の人間と観光客がごった返している。

「あれ?あの子今ここに居たのに…。」
人並みを掻き分けひたすら走って来て、細い路地を曲がるとそこは行き止まりで誰もいなかった。胸に手を当てキョロキョロしながら気配を詠もうとしても解らない。

「も、戻ろうかな…。」
不安になりそう呟くとまたキョロキョロと周りを見渡す。
「ここ…どこ…?」
夢中になって走ってきたので自分がどちらの方向から来たのか解らなかった。みんなと一緒にいた寺院のあの線香の匂いは何処にもなく、今はあちこちから美味しそうな匂いがするだけだった。

「ーーーぼうっとして、逸れるなよ…」ちょっと笑って自分を見て言った小狼の言葉が蘇る。
(…自分から逸れちゃったよ…。)
落ち着いて。自分の帰る場所はただ一つ。そう思うとさくらはほうっと息を一つ吐き眼を閉じる。小狼の気配を探そうと試みる。
「あれ…解らない…。ほえぇぇ~!!!!いろんな気配が飛び交って、小狼くんの気配が詠めないよ~っ!!!?」
いろんな気配が飛び交って、小狼の気配を感じ取ることが出来ない。言葉も解らない場所で、どうしよう。ジワリと涙が滲むのがわかった。泣いちゃダメ。

『怖がらなくても大丈夫よ。』
涙目のさくらが声のした方に向き直ると、先程の少女。その姿は王朝時代の漢服のドレスともちょっと違った服装、どう見ても現代離れした出で立ちだ。
「あなたは…。あれ?でも今さっきまで、誰もいなかったよね…。」
建物に囲まれ薄暗いその場所で、見えなかったのだろうか。そんなことを考えながら眼を凝らすさくら。
『うふふ…やっぱり来てくれたわ…私の事…視えるんでしょ?流石、あの子が選んだ娘だわ…いえ…互いに惹かれあった者同士ですものね。』
「え?」
『あなたの事…香港(ココ)は待っているわ…。』
「…待ってる?…私の事?…あの、あなたは…誰?」

(日本語だ。この子日本語で話してる。)
と思ったのと同時に違和感を覚える。声はするが口が動いていないのだ。直接頭の中に可愛らしい少女の声が響いている。
「…ゆ、幽霊…さん?」
さくらは最も苦手とするフレーズを口にして見たものの、実は目の前の少女からはちっとも怖さを感じない。

「それは『龍』だ。」
その声に振り向くさくら。
「小狼くんっ!!」
小狼の姿に安堵と、やっぱり自分を見付けてくれたという喜びが混ざった可愛いキャンディボイスが路地に響く。でもさくらを見付けた小狼の表情は、今にも一言言いたそうな顔だった。というか一言。
「逸れるなって言っただろ。」
はぁと呆れたため息がおまけとしてもれなく付いてきた。
「ごめんなさい…。」
喜びから一転、しゅんとなるさくら。

『小狼、さくらを怒らないで…。ここへ来るようにしたのは私なのだから。』
申し訳なさそうにしながらも、どこか嬉しそうに二人を見ている。
「お久しぶりです。…そうだと思いました。」
小狼は少女に向かって一礼すると、何処か可笑しそうに笑ってさくらを見る。
「えっ!?小狼くんは解ってたの…?それにあの子何で私の名前を知ってるの…?」
不思議そうに小狼を見上げるさくらに、小狼は優しく微笑むと
「ああ。『龍』は何でも知っているから。」
とだけ答えた。さくらはよく解らない、といった表情のままだ。

『久しぶりね。李…小狼。李家の詠む流れは好きよ。…特にあなたの詠む道は心地がいい。皆あなたが道を詠むのを待っているわ。』
にっこりと優しい微笑みで話すその姿は何処か神々しいものを感じる。
「…そうですか…。そう言ってもらえて光栄です。…でも、俺の専門分野ではないので…。」
『…ふふふ、ええ。そうだったわね。それに李家の次期当主様はお忙しいもの…また時間がある時にでも道を詠んでね…。』
そういうとフワッとさくらの前に近づく少女。それは宙を飛んで来たと言っていいだろう。

『嬉しいわ…こうやって私たちの姿が視える人間は少なくなってしまったから…。あなた達ならこれからもずっと視えていて欲しいものだわ…。』
「視える人間?視えていて欲しいって…。私があなたを視えてるって事は凄く貴重で、もしかしたら視えなくなっちゃうかもしれないの?」
さくらは何処か悲しげに少女を見詰める。そんなの嫌だ。

「俺たち次第ということですね?」
小狼のその言葉に祈るようにさくらは胸に手を当てる。
『そうね…でもあなた達なら、絶対に大丈夫…そうでしょ?』
少女は小狼を見て、次にさくらを見る。どこまでも優しい微笑みで。
その微笑みに何処か照れた様に頬を染めたさくらは、そのまま上目遣いで小狼を見る。すると小狼も微笑んでコクンと頷いた。
「はいっ!!…えっとあなたのお名前は?私、あなたとお友達になりたいです!あなたのお名前を呼びたいです。」
さくらはキラキラとした笑顔で元気に答える。

『さくらとお友達になれるなんて、私も嬉しいわ。…人間は私達のことを『龍』と呼ぶ。』
「『龍』さん…本当にそれがお名前なの?私達って…沢山いるんですよね?」
少女…『龍』はゆっくりと頷く。
『お話が出来て嬉しかったわ、さくら。また会いましょう…小狼、さくら…またね…。』
にっこりと微笑んですぅーっと消えてしまった。その時ふわりと風が生まれさくらのはちみつ色の髪と、小狼のブラウンの髪が揺れた。

「あ…消えちゃった…。『龍』さんは沢山いるのに、みんな同じ名前なの?」
さくらは隣に立つ小狼に尋ねる。
「ああ。風水の気の流れを『龍脈』と言って、流れ落ちて気が溜まっているところを『龍穴』というんだ。風水師はそれをインスピレーションで読み取って占ったりするんだけど、その『龍脈』や『龍穴』の力を稀にああした人の形で視ることが出来る人間がいる。そういった人たちがそれを『龍』と呼び始めたらしい。」
「じゃ、私や小狼くんが魔力を持っているから『龍』さんが視えたの?」
さくらは首を傾げる。サラサラとはちみつ色の髪が揺れる。

「いや、『龍』が視えるのは魔力の強さは関係なくて…『気』が共鳴するかしないかで、魔力が無い人間でも視える場合もある。逆に母上は道士で風水師でもある。『龍脈』『龍穴』は視えるけれど『龍』は視え無いと言ってた。」
「…そうなんだぁ。」
そう言ってさくらは『龍』の消えた処をもう一度見た。
「しかし…お前も凄い事言うもんだな。『龍』と友達になりたいだなんて、恐れ多い。」
小狼は呆れた顔でさくらを見下ろす。
「どうして?」
そんなさくらはキョトンとした顔で小狼を見上げる。
「『龍』はその土地に何千年も前から住む神様みたいなもんだから。」
「ほ、ほええぇ~!!!?だ、だってそんな事、知らないもんっ!!」
両手を頬に当て叫んださくらの声が路地に響き渡る。
「まっ、さくらだったら誰とでも仲良くなれるさ。『龍』も喜んでただろ?」
小狼はポンポンとさくらの頭を撫でた。誰とでも仲良くなる…さくらの特権だしな。

「行くぞ。みんなが心配している。」
小狼の声に「うん」と頷く。そこには小狼の手が差し出されていた。一瞬その意味が解らなかったさくらは首を傾げる。その仕草にちょっと頬を染めた小狼が照れ臭そうに、差し出していた手でそのままさくらの手を掴む。
「また逸れたりしたら、困るだろ///。」
ぷいっとそっぽを向いたまま、少し早口で言う小狼。
「…はい…///。」
小狼から手を差し出す事なんて滅多にないので、さくらは握られている手を見詰め頬を染めた。そっと見上げると小狼と視線が合った。
二人は微笑むと人混みの中をみんなの待つ駐車場に向かって歩き出した。



「もうすぐ、ここへ来て10分経っちまうよっ!?」
皆はマイクロバスで待機していた。水木が時計を見て言う。
「ったくっ!!彼奴らなにやってんだよっ!!」
重田も何か言っていないと不安が膨らんで仕方が無いっと言った感じだ。
山崎はただ黙って周りを見渡して二人を探している。

「李くんなら…大丈夫だと思うけど…。」
千春が胸に手を当てて言う。
「さくらちゃんが見付からないから、戻って来れないのかな…。」
奈緒子が利佳と手を握り合って、キョロキョロしながら周りを窺う。
「こんな事になるなら、来なかったですよっ!!」
いくら責任を取らないと言っても、ガイドとして「日本人行方不明」となってしまったら自分の責任だろうと焦る運転手。

「お二人なら大丈夫ですわ。必ず戻って来ます…。」
知世が落ち着いたトーンの声で言うとその場の空気が和らいだ。なぜそんなに落ち着いていられるのか。とみんなが問いかけるように知世を見る。
「さくらちゃんと李くんですから…。」
そう言ってにっこりと微笑んだ。

「あっ!!李くんっ!!木之本さんっ!!!」
山崎が大きく手を振る。みんなも山崎が手を振る方を見ると、そこには元気良く手を振り返しながら小走りで走るさくらとその一歩後ろを歩いてくる小狼が見えた。

「ゴメンね、心配かけちゃって。」
マイクロバスに乗り込むと、ペコリと頭を下げて皆に詫びるさくら。
「どこ行っちゃったのかと思ったよ~。」
口々に言う皆に
「ぼうっとしちゃってたら、みんなと逸れちゃったよ~。」
と答えるさくら。

「さすがは李くんですわ。さくらちゃんを無事に連れて帰って来て下さいましたもの。…何かを見付けたんですのね?さくらちゃん。」
落ち着いた口調で知世がにっこりと小狼に尋ねる。
「…まぁ、そんなところだ。」
小狼も笑って答えた。

怒っていたようだった運転手も無事に戻ったさくらを見て安心したのか、そのまま次の目的地に向けて出発してくれた。その途中せっかくカオルーンシティに来たのだからと、地元で人気のお店にも寄ってくれるサービスをしてくれた。

「なぁ、李。香港の女の子って、チョー可愛いなっ!俺、香港の女の子とお友達になりたい!!」
賑わう市場のような通りを歩きながら、重田が興奮気味に言う。
「…重田…お前…。」
呆れる小狼。
「出た、重田の『お友達になりたい』それって、彼女にしたいって事だろ?」
「うるせー。水木。お付き合いに国境の壁なんて無いんだっ!!」
水木のツッコミに力強く言い返す重田。実際すぐ近くで見ているし。
「重田には言葉の壁はあるけどな。」
ボソッと小狼の厳しいツッコミ。
「あはは~。確かに。李くんがこんなに日本語上手いから錯覚しちゃうよね~。」
「ゔ…。」
山崎のその一言にあちこちから飛び交う広東語が、妙に強調されて耳に響く重田であった。

「それでは、次のところに向かいますですよ。」
そう言ってマイクロバスに乗り込んだ運転手は山崎に手渡された裏観光冊子を見る。すると険しい顔になった。
「…本当にこの店行くの?」
「はい。凄く美味しいお菓子のお店とかで、女の子たちが楽しみにしてて…ね?千春ちゃん。」
運転手の問い掛けに答えながら山崎は千春を見る。
「うん。そうだよ。」

「ここ、老舗中の老舗ですよ?君たち学生にはちょっと手が届くようなとこ違いますよっ。」
困ったように言う運転手。「私だって、一度しか食べたことないですよ。しかもお土産でです。自分ではとてもとても」などと言っている。
その言葉に顔を見合わせる女子メンバー。お土産をここで買おうと考えていたのだ。
「老舗ってだけで、そんなに高いものばかりじゃない。誰でも入れる店ですよ。」
運転席の側まで近づいて小狼は運転手に言う。

「…李くん、君ね、入った事あるですか?」
「えっ?まぁ…はい。何度か…。」
運転手は座った眼で小狼を見る。この李と言う少年は何者なのだ。
「ここ『九龍餅家』(ガウロンベンディム)…セレブ御用達って有名ね。君…セレブですか?」
その言葉に顔が引き攣る小狼。セレブって。
「地元の人間は庶民だって行きますよ…。」
そう答えるしかなかった。

店の前まで来るとたくさんの人で賑わっていた。ガイドブックにはほとんど載っていないのだが、口コミでやって来る観光客や小狼の言う通り地元の人が訪れる店なのだ。
「ほら、駐車場は高級車でいっぱいよ。車止めるところないです。」
そう告げる運転手にそのすぐ後ろの席に移動して小狼が言う。
「じゃ、すみませんが、その先の路地を左に入って下さい。」
その言葉に、この少年は何なんだ。とばかりに眉を歪ませる運転手。言われた通り渋々路地を曲がるためハンドルを切った。




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