2012/9/14(金)~16(日) ・・・ 足摺岬西海岸 ・・・
コース 自宅 = 松山駅 = JR宇和島駅 = 宿毛駅 = 中村駅 = 清水プラザパル ・・・ 竜串・ホテルオレンジ(泊) ・・・ 月山神社 ・・・ 大月町・はたご(泊) ・・・ 宿毛 ・・・ 39番延光寺 ・・・ 宿毛 = JR宇和島駅 = 松山駅 = 自宅
ジョン万次郎記念館
9月14日、朝5時50分発の特急列車で宇和島へ出発し、バスで宿毛駅へ行き、土佐くろしお鉄道に乗り換え、中村駅へ、
さらに中村駅からバスで清水プラザパルに向かい、12時42分、前回打ち止めた清水プラザパル到着、遍路衣装に着替えて歩き始める。
ここから本日の目的地、竜串まではサニーロードを一直線、9月も中旬なので、さわやかな秋風を期待していたが・・・・アツイ、体表温度34.9度。まるで真夏の遍路行だ。
清水高校を過ぎると、湾の向こう側の埋立地にヤシの木が10本くらい立っており「海の駅ジョン万次郎記念館」の白い建物が見えてくる。
海の駅
時間もあるので見学していくこととした。
入り口左手に大きな波の形のオブジェを背景にして5人の銅像がいろいろなポーズで建っている。
説明文を読むと、漂流したのは万次郎一人ではなく5人だったのだ。
アメリカの捕鯨船に救助されてハワイで生活をすることとなったが、万次郎一人がアメリカ本土に渡っていった。
アメリカの学校で英語や数学、造船技術、航海術を学んだ。
時にアメリカはゴールドラッシュ、万次郎は金鉱で働いて帰国資金を稼ぎ、その金でハワイへ向かい、帰国準備を進める。
ハワイに残っていた仲間のうち、2人は万次郎と一緒に日本に帰り、一人はハワイで病死、もう一人はハワイに永住したそうだ。
ジョン万記念館
入場料を払って記念館に入ると、現在は、帆船模型の展示をしており、
資料館の帆船
残念なことに、万次郎がアメリカでどんな生活をしていたのかがわかるようなものは何もなかった。
13時30分ジョン万次郎記念館出発。
左手に太平洋を見ながら進んで行くと松崎海岸、このあたりから鬼の洗濯岩のような化石漣痕の海岸が続いている。
だんだんと化石漣痕の規模が大きくなり、落窪あたりの化石漣痕が一番見事だ。
化石漣痕
このあたりの海岸は、お大師さんが見残して残念がったくらい、
それは、それは見事な海岸美が続いている。
竜串 へ 続く







