弘道館の梅はまだまだですね
入って左側のほうの日当りのよい梅はよく咲いていました
日曜から暖かくなるようなのでもう少し咲いてくれるといいですね
大手橋
大手橋に接してあったのが大手門
大手門は佐竹義宣さんの時代に建てられたのですが
明治初年に取り壊されてしまいました
佐竹さんといえば昨日はこんな質問がありました
お客様「水戸藩は当初から財政が苦しかったとありますがそれはなぜですか?」
お客様は佐竹さんのおひざ元、秋田県からいらしたそうで
秋田にとばされてしまった佐竹さんは「茨城はいい場所だった」と言っていたのに・・・
とのことでした
学芸員さんの答えはこうでした
説1:
水戸藩は江戸に約1000人もの常駐している藩士もいたので
水戸と江戸2つ藩をもっているようなものだった
なので財政が圧迫された
みなさん意外と参勤交代のほうがお金はかかるじゃん?と思うかもしれませんが
実は水戸藩も参勤交代と同じくらい、いやむしろそれ以上お金がかかっていたのではないかと
いわれているんだそうです
説2:
見栄っ張り水戸藩
もともと25万石しかないところを
測りなおして無理やり35万石にしてしまったから
説3:大日本史
お金もないのに光圀公の時代から大日本史という一大プロジェクトを推し進めてしまったから
だから水戸藩は財政難だったんですねぇ
「もとからどこも財政難だった」となんとも疑問に思わず受け止めていたので
ここでお仕事させていただいて新たな疑問と新たな答えに出会てうれしいです
勉強になるなぁ
大手橋をわたると・・・・
初代藩主「頼房公」がいらっしゃいます
さらに先に進むと「彰考館跡」の石碑
彰考館はいわずとしれた大日本史を作っていた場所です
おっと、すぐ近くに大日本史の碑もありましたね(^-^;
そのお隣には「安積たん泊」さん
格さんのモデルです
あっそういえば昨日初出勤の初のお客様が「格さん」でした
放送日わかりましたら
します
光圀公の憧れの先生「朱舜水」
こちらも新しくできました「見晴台」です
しまっていたので入っちゃいけないのかと思いましたが
開門時間が午前9時~午後4時30分だったので
おそるおそる開けてみると
あきました
中はというと
素敵ロードが続き
私撮影が下手ですが
那珂川が一望できてとてもきれいでした
でも、風がある日はお勧めしません
とにかく川から吹き上げる風が冷たいです
昨日の午後は風が結構あったので寒かったです

















