暑いですね
息子が朝「ふらふらするぅ」と言っていたのですが
そのまま送り出してしまって
今更とっても心配になっている自分がいます
一応水筒は持って行っているのですが・・・
さて赤沼の次ですね
次は「林十江」さんの生誕地へ向かいました
そこは選挙カーが走っていまして
「林十江」さんを紹介するつもりが
選挙カーにつられて候補者の名前を紹介してしまったり・・・
わけのわからないことをやっていました
「林十江」という方は
有名な画家さんです
最初で紹介しました「立原杏所」さんのお師匠さんでもあります
旧本町7丁目(現在の本町3丁目)の酒造業の豪商の長男として生まれますが
のちに同じ町内の伯父さんの家に養子に入ります
長男なのになぜ養子になってしまったかは不明です
誰に絵を学んだかも不明
不明だらけの人ですが絵の才能は小さいころからとびぬけていて
12、3歳のころ絵を描いてみろと言われ
狂犬がかみ合う絵や
雷光が墜落する絵をさらさらと書き上げて周囲を驚かせたちう逸話が残っています
このころから翠軒さんの塾にも出はいりするようになり9歳年下の杏所さんに絵を教えます
9歳年下というと・・3、4才ですよ
習っちゃう杏所さんもすごい
しかし、十江さんの絵は構図も画材も「奇抜で」
杏所さんの絵とは対照的
杏所さんと偕楽園好文亭の襖絵を書かれた「萩野谷遷喬」とともに
「幕末の水戸画人の三羽鳥」とまで称されていました
しかしながら37才というわかさで「労咳」にてお亡くなりになります
ありがたいことにこの解説を you tubeに投稿してくださった方がいらっしゃるんです
その時私「労咳(ろうがい)」を「ろうぜき」と読んでしまったおバカ丸出しの
映像が残っているので見てやってください
あえてリンクは張りません
恥ずかしいので(矛盾)
「下市 界隈」 と検索していただくと出てくると思います
ろうぜき(狼藉)じゃ全然意味違うじゃん


