水戸藩藩主 | 歴史嫌いがつくる歴史ブログ

歴史嫌いがつくる歴史ブログ

小中高と社会のテストは赤点・・・そんな私が歴史にはまりなんとなく歴史についてつづってるブログです☆水戸周辺情報もちょいちょいご紹介してます。水戸藩仲間募集です♪

2012年12月12日


今日入籍する人多そうですねぇ~結婚。





12月12日



今日は何の日?




そうみなさんもご存じ腕




「頼房公が藩主になられた日祝いです






えッびっくり知らない?水



頼房って誰?




藩主ってどこの?






えぇえ~!!!泣く




頼房公とは「徳川頼房公」で




水戸藩の初段藩主様ですよ~号泣





まぁ水戸藩は光圀公斉昭公が有名とは思いますが




この頼房公も素敵な方なんですよぉ~きらきら



もう遠くの記憶のお話なのでざっくりかきますねぇ&



読者登録してね



頼房公が藩主となったとある日、


場内で発砲事件が発生銃




撃たれたのはキジ



・・・か鶴



・・・か朱鷺




・・・とりあえず鳥ですたか(初夢)





撃ったのは家臣でした



場内ので勝手に発砲など問題中の問題パニック



本来なら切腹なりで厳重な処罰が降りるはずでした






頼房公は撃った家臣を呼びなぜそのようなことをしたのか問います



すると家臣は


「病気の母がおり、母の病気にはその鳥がいいと聞き捕まえたかった泣と話しました




それをきいた頼房公はその家臣を罰さなかったんだそうです




人を想うというのはその後息子さんの光圀さんにもちゃんと受け継がれていますね



アメンバー募集中



そういえば徳川御三家「紀伊」「尾張」「水戸」とありますが


水戸は尾張と紀伊に比べるととっても小さな藩でした




同じ三兄弟なのになぜにそんなに差が出たのでしょう





頼房公が幼少のころ父上・家康公が


「ここ(天守閣)から飛び降りたものにはすきのものをあげよう!」と子どもたち言ったところ



その中で真っ先に「天下がほしいので飛び降りま~す」(Θ_Θ)



といって飛び降りようとしたのが頼房公で

(家康公に止められました汗




それによって家康公が頼房公を警戒したためとも言われています





まぁその予感は的中ですかね


いずれ水戸藩が起爆剤となって徳川の時代を終わりにしていくのですから・・・


ペタしてね