ブログを始めた時から私自身は写真に興味がなくて未だにブログに写真を掲載していませんが、写真のないブログというのは私ぐらいではないでしょうか。

私が写真に興味がないからといって写真を掲載されているブログを普通に見ていますので、ある意味変わっているのかもしれません。

 

写真に興味がないといってもロバートキャパなどの報道写真には興味があってスペイン内戦時に撮った「崩れ落ちる兵士」なんかを見ると何度見ても鮮烈な印象を受け、写真を撮る人間と被写体とされる兵士は飽くまでも被写体の対象でしかないのかと写真を見ていると何か考えさせられるものがあります。

 

報道写真は、どんな写真でもある意味で見る者に緊張感を感じさせますが、スマホが誰でも持っている現在はリア充かなにか知りませんが単なる自己満足にすぎない写真がインスタグラムなどのSNSによって大量に拡散しているのを見ると写真ってこんなものを表現するためにあるのかと思うと写真が可哀そうにも思えてきます。

 

現代は、あまりにも日常の風景などの写真を見過ぎてしまっているようにも感じ写真を通してしか日常を見れないのか、というへそ曲がりの私には思えて来てブログにも写真は一切掲載していません。

 

写真は載せていない私のブログで唯一写真があるプロフィールの私の写真ですが、ついこの間までキチンと写っていたものが知らない間にプロフィールの写真がボケてしまっているのに気が付きました、最初はボケている写真を撮り変えようかなとも思いましたが私自身も写真を撮った当時からすると齢を重ねて来ていますので写真もボケている方が私らしいのではないだろうか、ということで今のままにしておくことにしました。

 

写真のないブログで写真の替わりに私の五感を使って研ぎ澄まされた感覚で捉えた対象を伝えられればと思っていますが、感覚も時々は砥ぎに出す必要があり砥ぎに出さないと折角の対象もプロフィールの写真のようにボヤけたものになってしまいます。

この辺りをこれからは気をつけてブログを書いていくつもりです。