「失敗の本質」から、日本軍はなぜ同じ失敗を繰り返したのだろうか、ということで日本軍の組織特性ということもあるものの、「失敗は成功の元」とするなら逆に「成功は失敗の元」という見方も出来るのではないだろうか、いうことが今回取り上げる日露戦争です。
日露戦争というものを調べていくと、ロシアの軍事力が優っていることが分かりますが、それでもこの戦争に日本が勝利したのはなぜだろうか、といろいろ調べてみても判然としません。
個々の戦闘の勝利を積み上げていった結果、相手の戦意を喪失させることになったのではないでしょうか。
ロシアでは、日本軍に対する相次ぐ敗北とそれを含めた帝政に対する不満から厭戦気分が蔓延し、ロシア国内の反戦・反政府運動により戦争継続が困難な情勢でした。
また、日本は戦闘に勝ったとは言え国力の消耗激しいものがあり、日本海海戦の直後にアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトに講和斡旋を依頼しています。
日露戦争の勝利・成功要因を挙げるなら、それは国家のグランドデザインというものだったのではないでしょうか。
明治維新によって新政府が目指した近代日本の目標とは、大久保利通の次の言葉にうかがえます。
「政治的には民衆のエネルギーを結集させ、教育を通じて国家意識を高揚し、一方経済的には産業を発展させて国富を築いていく。このような改革を行わない限り、いたずらに軍備を充実したとしても国勢を発展させたことにはならない」
と述べています。
政治と経済の近代化を推進し目標とすることによって結果、国力の充実を図ることが出来るとする明治政府の現実的路線を日露戦争以前とすれば、日露戦争後の路線は明らかに西欧列強と同じような軍事力を背景とした積極策に変化しています。
そして、この積極策は「成功は失敗の元」となっていきます。
この失敗の元とは何かを次回は考えます。