渋沢栄一の『論語と算盤』(現代語訳)を一小節づつ読みながら、その要約と読後感を綴っています。

今回は“本当の「文明」”ということについてです。

 

「文明」という言葉からして最近はあまり聞かないようにも思いますが、渋沢栄一が実業界で活躍した明治時代は「文明開化」という西欧文明を受け入れた時代でありました。

わたしは世界各国の歴史や、現状について細かく調べているわけではないので、きっちりしたお話はできない。しかし、イギリスとかフランスとかドイツとかアメリカという国々は、今の世界の文明国といって差し支えないだろう。

という言葉からは明治という時代の近代化の範としての西欧文明というものを感じます。

 

そして「文明」とは、ということでは政治の枠組みや法律、教育制度が整い、一国を維持し発展させる実力を備え、そのうえで国民の人格と知恵、能力が揃うことで文明社会といえる、としていますが、「文明」の実力のなかには力強さと経済的豊かさを兼ね備えていなければならない、としています。

 

一国の進歩というのは、枠組みの方の進歩が先になって、実力が後からついてくる場合が多く、日本の現状も国の体制や制度などの整備状況に比べれば経済的豊かさは、とても不足しているとしながらも国防や内政、外交など国の枠組み作りのためには国費を支出する必要があり経済的豊かさと力強さのバランスをとることが必要不可欠としています。

 

ただし、心配な点として次のことを挙げています。

今日もっとも心配なのは、「文明」を進展させることばかりで、経済的豊かさの根本を擦り減らしても顧みないマイナス面なのだ。

これからは国民が一致して、そのバランスを失わないように努力しなければならないと思う。

としていますが、経済的豊かさの根本を擦り減らして顧みない、とは軍事費拡大が財政負担につながることを指しているように思います。

 

この当時(明治時代)の文明国とは、イギリスにフランス、ドイツそしてアメリカを意識していたことは上記の引用からもうかがえますが、渋沢の言う経済的豊かさは戦後日本の高度成長期に達せられました。