「失敗の本質」から失敗の事例研究としてのレイテ海戦について、前回6月23日の続きをみていきます。

昭和19(1944)年7月9日、日本が絶対国防圏としていたサイパンが陥落し米軍の進攻に対し大本営は7月18~20日の3日間にわたり陸海合同研究を実施し、乾坤一擲の決戦構想を決定し、これが「捷号」、「捷号決戦」と呼称される作戦計画の基本構想をなすものでした。

陸海空戦力を総結集して起死回生の決戦を行う計画で、そのためには陸海軍の航空戦力統一運用がされましたが、それまでの戦いで航空戦力を喪失していて空母、航空戦力の再建は昭和19年後半と予想される米軍の本格進攻には間に合いませんでした。

航空母艦からの発着には、かなりの技術能力を要求されますがミッドウェー以後の作戦で多くの優秀なパイロット(母艦搭乗員)を喪失マリアナ海戦では、ほぼ壊滅状態であったことなどから捷号作戦準備は基地航空部隊の再建に重点を置いたものでした。

陸海軍における航空戦力の統合運用が求めらましたが、両者の主張はこの点で異なったもので海軍側は米軍の進攻企図を破嶊するためには、進攻兵力の根幹である機動部隊(高速空母)の撃滅を図るべきと考えていました。
陸軍側は海軍のそれまでの実績に照らしてむしろ敵機動部隊の攻撃に対しては兵力を温存し、攻略部隊(艦艇、輸送船)を主攻撃目標とすべきとしました。

結局、海軍は主に空母攻撃、陸軍は攻略部隊攻撃および陸戦協力を主として行なうこととなり折衷的な方針が決定されました。

作戦実施にさきだって8月10日にマニラで
捷号作戦に関する打ち合わせが行なわれ席上で重大なやり取りがあり栗田艦隊司令部の小柳富次参謀長と連合艦隊司令部、神重徳大佐のやり取りを「失敗の本質」より引用・紹介いたします。

小柳参謀長は

「この計画は、敵主力の撃滅を放擲して、敵輸送船団を作戦目標とするものである。われわれはあくまで敵主力の撃滅をもって第一目標となすべきものと考えている。
敵の港湾に突入してまで輸送船団を撃滅しろというなら、それもやりましょう。
いったい、連合艦隊司令部はこの突入作戦で水上部隊を潰しても構わぬ決心か」

これに対して、神参謀は

「比島を取られてしまえば、南方は遮断され日本は干上がる。そうなっては艦隊を保存しておっても宝の持ち腐れである。どうあっても比島を手放すわけにはいかない。
したがって、この一戦に連合艦隊をすり潰してもあえて悔いはない。これが長官のご決心です」

と答えた。

そこで再び小柳参謀長は、

「連合艦隊長官がそれだけの決心をしておられるならよくわかった。ただし突入作戦は簡単にできるものではない。敵艦隊は、その全力を挙げてこれを阻止するであろう。
したがって、好むと好まざるとを問わず、敵主力との決戦なくして突入作戦を実現するなどということは不可能である。よって、栗田艦隊は御命令どおり輸送船団をめざして敵港湾に突進するが、途中敵主力部隊と対立し、二者いずれを選ぶべきやに惑う場合には、輸送船団を棄てて、敵主力の撃滅に専念するが差し支えないか」

と問いただした。

神参謀は、「差支えありません」と答え、これを了承したので、小柳参謀長は、「これは大事な点であるからよく長官に申し上げておいてくれ」と念を押した(小柳富次『栗田艦隊』)。

この一連のやり取りが持つ意味の重大さは、後になって明らかとなる。


上記は「失敗の本質」より引用いたしました。

この「失敗の本質」という本を読んでいて、毎回感じるのは日本軍の作戦目的に対する明確さというものが分かり難いように感じますが、肝腎な作戦企図そのものが曖昧なまま作戦立案側と作戦実施側との齟齬・お互い都合のよい解釈がなされていたのではないでしょうか。