松永安左エ門さんはサラリーマン生活落第に続いて株式投資でも失敗しますが、この間の様子を前回1月31日に続いて小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」から紹介・引用いたします。
以下、小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より
今度は桃介と一緒にいろいろやりますが、これも落第。桃介から五百円もらって、石炭ブローカーをやりました。
これは日露戦争のときに当って、一日五百円の儲けがありましたが、その儲けを元手に株をやったら、十万円になりました。
それをさらに四十万円にします。
石炭で十万円儲かって、それが株で四十万円になったわけです。
株式ブームで儲けたOL諸嬢のように、こんなに儲かるものだったのか、株は買えば儲かると思ってしまいました。
まだ三十二歳ですから、よし、おれは政界に入ろう、それも陣笠代議士は嫌だ、初めから松永閥をつくろう、そうすると金が要る、この四十万では足りないから、これを十倍の四百万円にしようと考えました。
今日の相場で言うと、大ざっぱなところ、二百億から三百億円というところでしょうか。
逆にいえば、二十億から三十億円くらいの金を、三十二歳で握ったわけです。
それを十倍にして、総理大臣になろうと思って、株に熱中した瞬間、頭のいい彼の頭からスポット抜けたものがありました。
それは戦争はいつかは終わるものだという自明の理と、戦争が終われば戦争ブームは去るという自明の理です。
常識のある者は、永久戦争なんていうものはありっこないということをみんな知っています。
日本が景気がいいのは、どんどん戦地でものが消耗され、大勝利、大勝利と大本営発表がいうからであって、戦争が終わればものの消耗はなくなり、景気のいい話もなくなりますから、需要がガタンと落ちるのは自明の理です。
それを忘れて、株は上がる、株は上がる、と思ってやっているうちに、明治四十年の一月に大暴落があって、スッテンテンになりました。
ここですね。
この挫折体験を彼はどういうふうに生かしたかということが、本日のポイントであり、算盤茶でなかったということにつながったということを言いたかったわけです。
上記は小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
石炭での儲けを元手に株で大儲けし、それをまた十倍に増やして政界入りを企んだところが大暴落でスッテンテンになったことで何を思ったのか、が松永安左エ門という人の生き方の原点と言うことではないでしょうか、どん底で得たものこそがホンモノでしょうね。
以下、小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より
今度は桃介と一緒にいろいろやりますが、これも落第。桃介から五百円もらって、石炭ブローカーをやりました。
これは日露戦争のときに当って、一日五百円の儲けがありましたが、その儲けを元手に株をやったら、十万円になりました。
それをさらに四十万円にします。
石炭で十万円儲かって、それが株で四十万円になったわけです。
株式ブームで儲けたOL諸嬢のように、こんなに儲かるものだったのか、株は買えば儲かると思ってしまいました。
まだ三十二歳ですから、よし、おれは政界に入ろう、それも陣笠代議士は嫌だ、初めから松永閥をつくろう、そうすると金が要る、この四十万では足りないから、これを十倍の四百万円にしようと考えました。
今日の相場で言うと、大ざっぱなところ、二百億から三百億円というところでしょうか。
逆にいえば、二十億から三十億円くらいの金を、三十二歳で握ったわけです。
それを十倍にして、総理大臣になろうと思って、株に熱中した瞬間、頭のいい彼の頭からスポット抜けたものがありました。
それは戦争はいつかは終わるものだという自明の理と、戦争が終われば戦争ブームは去るという自明の理です。
常識のある者は、永久戦争なんていうものはありっこないということをみんな知っています。
日本が景気がいいのは、どんどん戦地でものが消耗され、大勝利、大勝利と大本営発表がいうからであって、戦争が終わればものの消耗はなくなり、景気のいい話もなくなりますから、需要がガタンと落ちるのは自明の理です。
それを忘れて、株は上がる、株は上がる、と思ってやっているうちに、明治四十年の一月に大暴落があって、スッテンテンになりました。
ここですね。
この挫折体験を彼はどういうふうに生かしたかということが、本日のポイントであり、算盤茶でなかったということにつながったということを言いたかったわけです。
上記は小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
石炭での儲けを元手に株で大儲けし、それをまた十倍に増やして政界入りを企んだところが大暴落でスッテンテンになったことで何を思ったのか、が松永安左エ門という人の生き方の原点と言うことではないでしょうか、どん底で得たものこそがホンモノでしょうね。