去年の大晦日、紅白歌合戦を見ていて感じたのは去年に限ったことでもありませんが歌合戦という感じが年々薄れているような感じを受けました。
昔の紅白歌合戦は紅組白組それぞれに、その年にヒットした歌を歌い競い合うという、まさに歌合戦に相応しい雰囲気があって見ている方もこれは紅組または白組の勝ちというようなところがあったのですが、いつからか歌合戦というような番組ではなくなった感じがしています。
歌合戦という性格が薄れていると思うのは要はヒット曲というものが生まれ難い時代と言えるのかも知れません、よく言われる「歌は世に連れ世は歌に連れ」という言葉は無縁なものになってしまったのでしょうか、時代を映す歌がなくなったとは思えませんが現実はその年を代表する世代を超えて支持されヒットした歌というのは、ここ数年は無いように思います。
戦後復興から高度成長時代には紅白歌合戦は大晦日に家族そろって、それぞれにその年の思いを噛みしめながら感情移入してその年の流行歌を歌う紅組白組を応援していた時代でもありました。
しかし、高度成長時代から低成長時代になるにしたがって歌も変わらざるを得ない時代になったということなのかも知れません。
流行歌=「歌は世に連れ世は歌に連れ」とすれば現代において流行歌が存続し得るのでしょうか、もともと歌というのは人の心に触れるものがあればこそ昔から現代にカタチは変われども歌い継がれているものなのでしょうね。
そういう意味では人間感情としての「喜怒哀楽」を如何にして織り込んでいくか、ということが流行歌存続の前提条件ではないでしょうか。
紅白歌合戦からヒット曲そして流行歌と時代の関係をふと感じた次第ですが流行歌の灯は消したくないですね。
昔の紅白歌合戦は紅組白組それぞれに、その年にヒットした歌を歌い競い合うという、まさに歌合戦に相応しい雰囲気があって見ている方もこれは紅組または白組の勝ちというようなところがあったのですが、いつからか歌合戦というような番組ではなくなった感じがしています。
歌合戦という性格が薄れていると思うのは要はヒット曲というものが生まれ難い時代と言えるのかも知れません、よく言われる「歌は世に連れ世は歌に連れ」という言葉は無縁なものになってしまったのでしょうか、時代を映す歌がなくなったとは思えませんが現実はその年を代表する世代を超えて支持されヒットした歌というのは、ここ数年は無いように思います。
戦後復興から高度成長時代には紅白歌合戦は大晦日に家族そろって、それぞれにその年の思いを噛みしめながら感情移入してその年の流行歌を歌う紅組白組を応援していた時代でもありました。
しかし、高度成長時代から低成長時代になるにしたがって歌も変わらざるを得ない時代になったということなのかも知れません。
流行歌=「歌は世に連れ世は歌に連れ」とすれば現代において流行歌が存続し得るのでしょうか、もともと歌というのは人の心に触れるものがあればこそ昔から現代にカタチは変われども歌い継がれているものなのでしょうね。
そういう意味では人間感情としての「喜怒哀楽」を如何にして織り込んでいくか、ということが流行歌存続の前提条件ではないでしょうか。
紅白歌合戦からヒット曲そして流行歌と時代の関係をふと感じた次第ですが流行歌の灯は消したくないですね。