今週の土曜日は小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」を去年の12月20日の続きで更新しますが、いよいよ電力の鬼と言われた松永安左エ門という人間の生き方に触れていくことになります。
先ずは前回、骨董商が漏らした「値切るお客さんがいちばんありがたいんです」という意味から紹介いたします。
以下、小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より
この意味がおわかりになりますか。
値切らないお客のほうがありがたいはずですが、値切るお客のほうがありがたいという意味がおわかりになりますか。
私はあえて追求しませんでしたが、こういうことであろうと思いました。
相手が値切ると、骨董屋は自分に弱みがあれば値切らせます。
あとで贋物だとわかって、相手に「君、けしからんじゃないか」と言われたときに、「だから、値引きしたんでございます」と言えますが、一文も値引きをしろと言われないお方には、贋物を持っていくわけにはいかないわけです。
小汀利得さんという毒舌のじいさんがいましたね。
日本経済新聞社の社長をして、テレビで細川隆元さんと毒舌対談をやっていましたが、小汀さんはかって「関西の池田にある小林さんの逸翁美術館は玉石混淆である。つまり、贋物がある」と書いたことがありました。
ダイヤモンド社から七冊出ている『小林一三全集』の中で削ってありますが、小汀毒舌家はそういうことを率直に指摘しています。
贋物が混じった理由は値引きでしょう。
松永さんの残された骨董品は、今日、寄付されて、福岡市の大濠公園にある美術館に飾ってありますから、福岡においでになったら、ぜひご覧になるといいと思います。
堂々たるもので、贋物はありません。
そういうことを道具屋さんが言ったのが、私は非常に印象に残りました。
もう一つは、側近の人たちが期せずして言ったことです。
「私たちがおじいちゃんが本当に偉いと思ったのは、鈴木さんからトインビーの話を聞いたあと、七十を過ぎたおじいちゃんが老眼鏡をかけて、一生懸命トインビーの原書を読んでいたことです」ということです。
あの人は本を読むときは、必ず色鉛筆を削っておいて、アンダーラインをされるそうです。
「トインビーのときは、全部アンダーラインされて、日が暮れかかってくると、部屋の中では読めませんから、縁側で読まれた。
終戦直後は電気もつきませんから、縁側で読まれて、眼鏡を取って老眼から出る涙をぬぐって、またかけて、今度は眼鏡をふいて、食らいついておられた。その姿です」
と言っていました。
上記は小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
骨董品でなく人物としてホンモノの迫力をうかがわせるものは側近の人たちが期せずして言ったことに尽きるのでしょう、七十過ぎのおじいちゃんがトインビーの「歴史の研究」の原書を老眼から出る涙を拭って眼鏡をふいて食らいついていた姿に感じるものがあったのでしょう、その光景が浮かんでくるように感じます。
先ずは前回、骨董商が漏らした「値切るお客さんがいちばんありがたいんです」という意味から紹介いたします。
以下、小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より
この意味がおわかりになりますか。
値切らないお客のほうがありがたいはずですが、値切るお客のほうがありがたいという意味がおわかりになりますか。
私はあえて追求しませんでしたが、こういうことであろうと思いました。
相手が値切ると、骨董屋は自分に弱みがあれば値切らせます。
あとで贋物だとわかって、相手に「君、けしからんじゃないか」と言われたときに、「だから、値引きしたんでございます」と言えますが、一文も値引きをしろと言われないお方には、贋物を持っていくわけにはいかないわけです。
小汀利得さんという毒舌のじいさんがいましたね。
日本経済新聞社の社長をして、テレビで細川隆元さんと毒舌対談をやっていましたが、小汀さんはかって「関西の池田にある小林さんの逸翁美術館は玉石混淆である。つまり、贋物がある」と書いたことがありました。
ダイヤモンド社から七冊出ている『小林一三全集』の中で削ってありますが、小汀毒舌家はそういうことを率直に指摘しています。
贋物が混じった理由は値引きでしょう。
松永さんの残された骨董品は、今日、寄付されて、福岡市の大濠公園にある美術館に飾ってありますから、福岡においでになったら、ぜひご覧になるといいと思います。
堂々たるもので、贋物はありません。
そういうことを道具屋さんが言ったのが、私は非常に印象に残りました。
もう一つは、側近の人たちが期せずして言ったことです。
「私たちがおじいちゃんが本当に偉いと思ったのは、鈴木さんからトインビーの話を聞いたあと、七十を過ぎたおじいちゃんが老眼鏡をかけて、一生懸命トインビーの原書を読んでいたことです」ということです。
あの人は本を読むときは、必ず色鉛筆を削っておいて、アンダーラインをされるそうです。
「トインビーのときは、全部アンダーラインされて、日が暮れかかってくると、部屋の中では読めませんから、縁側で読まれた。
終戦直後は電気もつきませんから、縁側で読まれて、眼鏡を取って老眼から出る涙をぬぐって、またかけて、今度は眼鏡をふいて、食らいついておられた。その姿です」
と言っていました。
上記は小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
骨董品でなく人物としてホンモノの迫力をうかがわせるものは側近の人たちが期せずして言ったことに尽きるのでしょう、七十過ぎのおじいちゃんがトインビーの「歴史の研究」の原書を老眼から出る涙を拭って眼鏡をふいて食らいついていた姿に感じるものがあったのでしょう、その光景が浮かんでくるように感じます。