藤原銀次郎氏はどん底と言われた会社に出向するにあたり当時の学歴尊重という常識を捨てましたが、そのいい例について小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」前回7月19日の続きで引用・紹介いたします。

以下、
小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より

彼はそういうことから学歴による人事を全部否定しました。
その中で最もいい例を言いますと、あるとき中部工場の山を岐阜からずっと見て回りました。
そのとき田中治郎という一山林係、学歴もない無名の青年、会社においてはいちばん下っ端がお供をしてきて、藤原さんと二人でいろいろな話をしながら、二十八キロばかりの山を回りますが、藤原さんはすっかり感心したわけです。

学校も何も出ていないけれども、実に常識はあるし、もちろん山についての知識もある、人間として深いということから、彼を抜擢して、最後に田中さんは副社長になりました。
こういうことは日本の会社としては、普通はありえませんが、そういうやり方をしています。

また、長谷川源六という人がいますが、これは工場の一職工で、学歴も何もありません。
その源六君を藤原さんはアメリカの最新工場にやって勉強させることにしました。

周囲は全部反対します。
「源六は学校にも行っておりません。もちろんABCも知らない。そんな男をアメリカにやっても、なんの役にも立ちません」と反対しますが、藤原さんは、「大丈夫だよ」と言って、とうとう源六さんはアメリカに行くわけです。

そして、王子製紙と取引のある会社に入れて、生産の現場に置いてもらいました。
源六さんは、製紙工場の片隅に小さな椅子を出してもらって、その上に腰を下ろして、朝から晩までじっと機械だけ見ている。
ABCも知らないんですから、アメリカ人とはしゃべりません。手まねだけです。

それをずっとやっているうちに、あるとき機械の故障が起きました。
一方で紙がどんどんできますが、紙の巻取機に故障が出て、工場いっぱい紙がたまってしまいました。
現場のアメリカ人の技師も職工もどうしていいかわからない。

ワイワイ、ガヤガヤやっても、ダメなんです。
そのとき長谷川源六さんがパーッと飛び出していって、ガチャガチャとやったら、ピシャッと止まったそうです。
そういうこともあって、彼は王子製紙の生産陣の有力なる戦力となるわけです。


上記は
小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。

藤原銀次郎という人の人を見る眼の確かさを物語るものと言えますが、それにしても英語も話せないABCも知らない長谷川源六という人をアメリカの最新工場に勉強にやり、その人が藤原さんの期待に沿う働きをし後に王子製紙苫小牧工場の第四代工場長となりましたが、
学歴や肩書きでないホンモノの実力を見抜く力と言うか、藤原銀次郎さんの現状認識というものの凄みを感じさせられました。

今日は以上です。