戦後日本経済の恵まれた条件として当時の財界代表であった桜田武氏は三つほどの条件のうちの一つは特需景気であり後の二つということについて、前回7月10日の続きで桜田武氏の証言を1999年に刊行された「高度成長期の証言」を引用・紹介いたします。
以下、「高度成長期の証言」より(聞き取りは1981年始めに行なわれたものです)
―― そうしますと、他の二つの原因は。
桜田 いま一つは、軍事費がほとんどゼロに近いことですな。
いまでもたった一年間に2兆4000億円でしょう。あの当時はいうに足らんぐらいのものです。
要するにバランス・オブ・パワーの上に世界の平和があるのにかかわらず、軍事費というものをほとんどかけずに、海上兵力はボート一隻も出さないで、ペルシャ湾からどんどん原油を運んだりできた。
こんなあつかましい国は世界じゅうにない。これも日本の力でもなんでもない。
これが第二番目です。
第三番目は何かといいますと、油がだいたい当時1バーレル=1ドルそこそこだったことです。
アラビア石油の利権を
山下太郎(故人・元アラビア石油社長)さんや私や石坂(泰三・故人・元経団連会長)さんや小林中(元開銀総裁)さんでとったのが昭和30年です。
入札にだけは参加しましたが、まさかと思っておった。ところがこっちへころんできた。
これはびっくり仰天したね。
なぜこちらへきたか知っていますか。
スエズ戦争が始まったのが昭和31年10月です。
あのときはエジプトがスエズ運河国有化を宣言したりして、スエズ戦争が起こったでしょう。
それであのへんのアラブ諸国はヨーロッパにもアメリカに対しても、帝国主義的な植民地政策だ、だが、日本は無害だ、弱いのだ、兵力はもたんのだと。
だから日本に利権を渡すのが一等無難だぞというので、ころんできたんです。
紡績屋が油を掘って何すると、みんなからいわれたけれども、当時金を持っているのは紡績ですよ。
だから誘われるままに、バクチ張ったれというわけでやったんです。
そういうので33年に「アラビア石油株式会社」を設立しまして、私は設立発起人の一人です。
油がその当時は1バーレル=1ドルそこそこです。
それがオイル・ショック前の46~47年の頃には2ドル25セントに上がった。アラビアンライトですよ。
だからエネルギー・コストが非常に安かった。
上記は「高度成長期の証言」より引用いたしました。
戦後の日本経済の恵まれた条件というものは、上記の内容で既に明らかにされていますがエネルギー源としての石油のコストが現在では1バレル100ドルほどすることからすれば当時の日本は確かに恵まれていたと言えるのでしょうね。
それも山下太郎という人物が戦後日本の復興には自主開発油田の必要性を政財界に説いて回り彼の熱意で1960(昭和35)1月31日に採油にこぎつけましたが、山下太郎氏の熱意に打たれた一人として桜田武氏は個人として設立に関与しています。
次回もこの続きを見ていきます。
今日は以上です。
以下、「高度成長期の証言」より(聞き取りは1981年始めに行なわれたものです)
―― そうしますと、他の二つの原因は。
桜田 いま一つは、軍事費がほとんどゼロに近いことですな。
いまでもたった一年間に2兆4000億円でしょう。あの当時はいうに足らんぐらいのものです。
要するにバランス・オブ・パワーの上に世界の平和があるのにかかわらず、軍事費というものをほとんどかけずに、海上兵力はボート一隻も出さないで、ペルシャ湾からどんどん原油を運んだりできた。
こんなあつかましい国は世界じゅうにない。これも日本の力でもなんでもない。
これが第二番目です。
第三番目は何かといいますと、油がだいたい当時1バーレル=1ドルそこそこだったことです。
アラビア石油の利権を
山下太郎(故人・元アラビア石油社長)さんや私や石坂(泰三・故人・元経団連会長)さんや小林中(元開銀総裁)さんでとったのが昭和30年です。
入札にだけは参加しましたが、まさかと思っておった。ところがこっちへころんできた。
これはびっくり仰天したね。
なぜこちらへきたか知っていますか。
スエズ戦争が始まったのが昭和31年10月です。
あのときはエジプトがスエズ運河国有化を宣言したりして、スエズ戦争が起こったでしょう。
それであのへんのアラブ諸国はヨーロッパにもアメリカに対しても、帝国主義的な植民地政策だ、だが、日本は無害だ、弱いのだ、兵力はもたんのだと。
だから日本に利権を渡すのが一等無難だぞというので、ころんできたんです。
紡績屋が油を掘って何すると、みんなからいわれたけれども、当時金を持っているのは紡績ですよ。
だから誘われるままに、バクチ張ったれというわけでやったんです。
そういうので33年に「アラビア石油株式会社」を設立しまして、私は設立発起人の一人です。
油がその当時は1バーレル=1ドルそこそこです。
それがオイル・ショック前の46~47年の頃には2ドル25セントに上がった。アラビアンライトですよ。
だからエネルギー・コストが非常に安かった。
上記は「高度成長期の証言」より引用いたしました。
戦後の日本経済の恵まれた条件というものは、上記の内容で既に明らかにされていますがエネルギー源としての石油のコストが現在では1バレル100ドルほどすることからすれば当時の日本は確かに恵まれていたと言えるのでしょうね。
それも山下太郎という人物が戦後日本の復興には自主開発油田の必要性を政財界に説いて回り彼の熱意で1960(昭和35)1月31日に採油にこぎつけましたが、山下太郎氏の熱意に打たれた一人として桜田武氏は個人として設立に関与しています。
次回もこの続きを見ていきます。
今日は以上です。