企業家としての渋沢栄一について、その活動などを取り上げてきましたが今回は渋沢家の家法の制定と渋沢同族会をつくった辺りの事情を島田昌和氏の社会企業家の先駆者「渋沢栄一」から見ていくことにいたします。
以下、島田昌和氏の社会企業家の先駆者「渋沢栄一」より
渋沢には、他の明治期の成功者がそうであったのと同様、正妻以外にも子をなした女性がいた。
しかも同じ屋敷内に生活していたのである。
財産ができ始め、子どもが成人し始める時期にあって、家族のあり方、将来の姿に思いが及び、今のうちにきちんと体制づくりをしなければ将来に禍根を残すことになりかねないとの思いが生じた時期でもあった。
財産を共有または分与する家族の定義を明確にし、家産の増減をきちんと管理し、当面は栄一が一人で負うビジネス上のリスクが家産に与える影響を最小限にし、将来子どもらがおかすかも知れない同様のリスクを同時に統制する必要があった。
それらを家法という明文化された条文とし、家産を集計していく仕組みを作る必要があった。
栄一に足りないのは法律上の知識や知恵であり、家族の財産という私的なものを取り扱う以上、家族の一員にぜひともほしい分野から穂積を人選したのであった。
渋沢同族会は、1889(明治22)年9月に第一回会合が開かれ、1891(明治24)年には家法が制定され、その後毎月一回定期的に開かれていった。
渋沢同族会は、「同族の財産及年々の出入りを監督せしむる目的で、正式な渋沢の家族の資産管理をおこなっていた。
同族会の構成メンバーは「当代栄一君嫡出の子及びその家督相続人併にその配偶者に限り」「未成年者の配当分は宗家に属し男子は成年に達する時女子は婚嫁の時よりこれを分与する事とす」と定められた(『伝記資料』第二九巻)。
家法においては将来において同族が増えることを許しておらず、宗家を中心とし、同族会の議を経ないで他家の保証人となったり、負債をおこしたり、株主や役員になったり、投機的であったり道義に反する商売に従事したりすることが禁止された。
また同族間の紛議を裁判所に出訴することも禁じられた。
上記は島田昌和氏の社会企業家の先駆者「渋沢栄一」より引用いたしました。
渋沢栄一は女性関係についてはかなり盛んであったことが分かりますが、こういうことからも将来を見据えた上での家法制定や同族会は宗家を中心とした家の運営維持と資産管理などが目的だったようです。
渋沢自身、晩年には「婦人関係以外は一生を顧みて俯仰天地に恥じない」と語っているところから、この点については引け目に感じていたようです。
今日は以上です。
以下、島田昌和氏の社会企業家の先駆者「渋沢栄一」より
渋沢には、他の明治期の成功者がそうであったのと同様、正妻以外にも子をなした女性がいた。
しかも同じ屋敷内に生活していたのである。
財産ができ始め、子どもが成人し始める時期にあって、家族のあり方、将来の姿に思いが及び、今のうちにきちんと体制づくりをしなければ将来に禍根を残すことになりかねないとの思いが生じた時期でもあった。
財産を共有または分与する家族の定義を明確にし、家産の増減をきちんと管理し、当面は栄一が一人で負うビジネス上のリスクが家産に与える影響を最小限にし、将来子どもらがおかすかも知れない同様のリスクを同時に統制する必要があった。
それらを家法という明文化された条文とし、家産を集計していく仕組みを作る必要があった。
栄一に足りないのは法律上の知識や知恵であり、家族の財産という私的なものを取り扱う以上、家族の一員にぜひともほしい分野から穂積を人選したのであった。
渋沢同族会は、1889(明治22)年9月に第一回会合が開かれ、1891(明治24)年には家法が制定され、その後毎月一回定期的に開かれていった。
渋沢同族会は、「同族の財産及年々の出入りを監督せしむる目的で、正式な渋沢の家族の資産管理をおこなっていた。
同族会の構成メンバーは「当代栄一君嫡出の子及びその家督相続人併にその配偶者に限り」「未成年者の配当分は宗家に属し男子は成年に達する時女子は婚嫁の時よりこれを分与する事とす」と定められた(『伝記資料』第二九巻)。
家法においては将来において同族が増えることを許しておらず、宗家を中心とし、同族会の議を経ないで他家の保証人となったり、負債をおこしたり、株主や役員になったり、投機的であったり道義に反する商売に従事したりすることが禁止された。
また同族間の紛議を裁判所に出訴することも禁じられた。
上記は島田昌和氏の社会企業家の先駆者「渋沢栄一」より引用いたしました。
渋沢栄一は女性関係についてはかなり盛んであったことが分かりますが、こういうことからも将来を見据えた上での家法制定や同族会は宗家を中心とした家の運営維持と資産管理などが目的だったようです。
渋沢自身、晩年には「婦人関係以外は一生を顧みて俯仰天地に恥じない」と語っているところから、この点については引け目に感じていたようです。
今日は以上です。