渋沢邸の書生たちの勉強会としてスタートした竜門社の活動について11月13日続き島田昌和氏の社会企業家の先駆者「渋沢栄一」から紹介・引用いたします。

以下、島田昌和氏の社会企業家の先駆者「渋沢栄一」より

竜門社の会員には二つの区分けがあった。
「特別社員」は社長・店主・専務取締役・常務取締役・取締役といったトップマネジメント層がまずその資格者であった。
さらに、支配人・部長・課長・係長・主事といった本店管理者(総務・庶務・営業・計算・工務・調査などの部署)・支点支配人・副支配人・助役・主張所主任といった出先機関の管理者などの広範なミドルマネジメントまでが含まれていた。

もう一つの「通常社員」は一般社員・行員と学生などであり、その後、係長・支配人等へ昇進して特別社員になるような若手社員層を中心としていた。

竜門社の主催する会合としては、大きく分けて二種類の会合が存在した。
一つは「総集会」と呼ばれて春秋、年二回開催され、最盛期には300名あまりが参加する大きな催しであった。
開催場所は料亭・料理屋・ビール工場など、毎回異なった場所が選ばれ、娯楽的な意味合いを兼ねた会合であった。

もう一つが「月次会」であり、初期から開催されていた小会合であった。
1890年頃の記述では毎回60~80名が出席し、会員相互の演説や識者の講演をふまえてお互いに意見交換する会合であった。
1900年代には政府の経済政策、欧米や韓国等の経済・ビジネス事情といったテーマが演題に選ばれ、その講演に対しても比較的自由闊達な意見交換がおこなわれていた。

上記は島田昌和氏の社会企業家の先駆者「渋沢栄一」より引用いたしました。

経営トップから中間管理者層に対する勉強会として竜門社が活動していたことが分かるとともに経済問題やビジネス事情についての意見交換を通じて論語精神や経済道徳というものの考え方が形成されていったのではないでしょうか。

今日は以上です。