総力戦研究所において昭和16年(1941)7月12日から約20日間をかけて「日米開戦をを想定した机上演習において日本必敗の結論が導きだされ、これをうけて報告会が行なわれましたが、その様子についてビジネス誌に掲載された土居征夫氏の「総力戦研究所とは何だったのか」から前回8月20日に続き紹介・引用いたします。
以下、ハーバード・ビジネスレビュー January 2012(総力戦研究所とは何だったのか・土居征夫)より
その精緻な成果は、8月26日からの2日間、首相官邸報告会において、近衛首相、東条陸相ほか各大臣が居並ぶなかで発表された。
飯村所長の講評が終わると、冒頭で紹介したように、それまで克明にメモを取っていた東条陸相が立ち上がり、次のように発言したという。
「諸君の研究の労を多とするが、これはあくまで机上の演習でありまして、実際の戦争というものは君たちの考えているようなものではないのであります。
日露戦争でわが大日本帝国は、勝てるとは思わなかった。
しかし、勝ったのであります。
あの当時も列強による三国干渉で、止むにやまれず帝国は立ち上がったのでありまして、勝てる戦争だからと思ってやったのではなかった。
戦というものは、計画通りにいかない。意外裡なことが勝利につながっていく。
したがって、君たちの考えていることは机上の空論とはいわないとしても、あくまでも、その意外裡の要素というものをば考慮したものではないのであります。
なお、この机上演習の経過を、諸君は軽はずみに口外してはならぬということであります」
東条の真向かいに座っていた前田勝二によれば、その表情は蒼ざめ、研究生たちの自由闊達な議論が政府や軍部批判に及んだ時はこめかみが心もち震えているように見えたという。
総力戦研究所は、言わば軍部の国際派、良識派が後押ししてつくり上げた教育研究機関であったが、当時の軍部主流派の指導者たちは、軍事機密の漏洩、軍部の主導性維持への危惧等から、その動きに必ずしも肯定的ではなかった。
だが東条は、机上演習の結論をだれよりも真剣に受け止めた。
8月27、28の両日にわたり傍聴して、前掲のように「研究に関する諸君の努力は多とするが、これはあくまで演習と研究であって、実際の作戦とはまったく異なることを銘記しておいてもらいたい」とコメントした。
上記はハーバード・ビジネスレビュー January 2012(総力戦研究所とは何だったのか・土居征夫)より引用いたしました。
昭和16年(1941)6月から8月にかけて総力戦研究所で、もし日米が戦えばという前提で行なわれた机上演習において「日本必敗」という結論が出されたことに、その結果報告を聞いていた当時の東条陸相にとっては机上演習の結果を認めたくない気持ちが具体的な反証を挙げるものではなく「意外裡の要素‥‥」という言葉になって表れたものと思います。
これだけ明確な必敗という結果が昭和16年の8月末時点で出ているのに、戦争を避けられなかったのは何故だろうか、ということを次回は見ていく予定です。
今日は以上です。
以下、ハーバード・ビジネスレビュー January 2012(総力戦研究所とは何だったのか・土居征夫)より
その精緻な成果は、8月26日からの2日間、首相官邸報告会において、近衛首相、東条陸相ほか各大臣が居並ぶなかで発表された。
飯村所長の講評が終わると、冒頭で紹介したように、それまで克明にメモを取っていた東条陸相が立ち上がり、次のように発言したという。
「諸君の研究の労を多とするが、これはあくまで机上の演習でありまして、実際の戦争というものは君たちの考えているようなものではないのであります。
日露戦争でわが大日本帝国は、勝てるとは思わなかった。
しかし、勝ったのであります。
あの当時も列強による三国干渉で、止むにやまれず帝国は立ち上がったのでありまして、勝てる戦争だからと思ってやったのではなかった。
戦というものは、計画通りにいかない。意外裡なことが勝利につながっていく。
したがって、君たちの考えていることは机上の空論とはいわないとしても、あくまでも、その意外裡の要素というものをば考慮したものではないのであります。
なお、この机上演習の経過を、諸君は軽はずみに口外してはならぬということであります」
東条の真向かいに座っていた前田勝二によれば、その表情は蒼ざめ、研究生たちの自由闊達な議論が政府や軍部批判に及んだ時はこめかみが心もち震えているように見えたという。
総力戦研究所は、言わば軍部の国際派、良識派が後押ししてつくり上げた教育研究機関であったが、当時の軍部主流派の指導者たちは、軍事機密の漏洩、軍部の主導性維持への危惧等から、その動きに必ずしも肯定的ではなかった。
だが東条は、机上演習の結論をだれよりも真剣に受け止めた。
8月27、28の両日にわたり傍聴して、前掲のように「研究に関する諸君の努力は多とするが、これはあくまで演習と研究であって、実際の作戦とはまったく異なることを銘記しておいてもらいたい」とコメントした。
上記はハーバード・ビジネスレビュー January 2012(総力戦研究所とは何だったのか・土居征夫)より引用いたしました。
昭和16年(1941)6月から8月にかけて総力戦研究所で、もし日米が戦えばという前提で行なわれた机上演習において「日本必敗」という結論が出されたことに、その結果報告を聞いていた当時の東条陸相にとっては机上演習の結果を認めたくない気持ちが具体的な反証を挙げるものではなく「意外裡の要素‥‥」という言葉になって表れたものと思います。
これだけ明確な必敗という結果が昭和16年の8月末時点で出ているのに、戦争を避けられなかったのは何故だろうか、ということを次回は見ていく予定です。
今日は以上です。