質屋の丁稚になった金子直吉が質屋に持ち込まれる商品を通じて、その価値はもちろん産地や流通経路などを勉強しましたが今回は彼の絶頂期について、前回7月6日の続きから小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」を紹介・引用いたします。
以下、小島直記の「伝記に学ぶ人間学」より
それから、質草の中に、六法全書とか、いろいろな法律の本があったそうです。
彼はそれで勉強しました。
質草で法律の勉強をしたわけです。
たまたまその質屋が訴訟に巻き込まれて、相手方は本職の弁護士を雇いました。
質屋は弁護士を雇う力がないので、独学の番頭金子が弁護士がわりをやって、とうとう勝ってしまいました。
いかに勉強したか。
弁護士はだしというのは、まさにこのことですが、一介の使用人が質草にある法律の本でプロを負かすぐらいの知識を身につけたというところに、金子直吉の努力の非凡さ、頭の良さが実証されていると思います。
彼は質屋を辞めて、神戸にある鈴木商店という樟脳店に入りました。
そして、鈴木商店を独特の才覚でもって三井物産と肩を並べるような大会社に育て上げます。
その過程が非常に面白いのですが、時間がありませんので、城山君の『鼠』という作品に譲ります。
これはお読みになると面白いし、『金子直吉伝』という伝記もあるので、これをお読みになると、非常にご参考になると思います。
とにかく徒手空拳、知恵と才覚であの組織の三井物産と肩を並べるようなでかい商店にもっていくのですから、皆さん方には参考になると思います。
ただ、そういうふうに繁栄しますが、あまり繁栄しすぎてというよりも、正月に「初夢や太閤秀吉奈翁」という俳句を作るほど気宇壮大な事業のやり方をしたために、非常に事業を広げすぎた点がありました。
大正六年というと、第一次大戦が終わる一年前、私が生まれる二年前で、このとき、金子直吉は五十二歳でしたが、ロンドン支店の高畑という支店長に、次のような手紙を書いています。
「今当店の為し居る計画は凡て満点の成績にて進みつつ在り 御互に商人として此の大乱の真中に生れ
而(しか)も世界的商業に関係せる仕事に従事し得るは無上の光栄とせざるを得ず 即ち此戦乱の変遷を利用し大儲けを為し三井三菱を圧倒する乎(か) 然らざるも彼等と並んで天下を三分する乎 是鈴木商店全員の理想とする所也(なり)」と書いていますが、当たるべからざる気炎です。
ただ、これが決して空威張りでなかったところが恐ろしい。
本当に吹けば飛ぶような質屋の番頭、そしてまた吹けば飛ぶような一樟脳の商店である鈴木商店をして、一大コンツェルンにし、そのコンツェルンは、神戸製鋼、帝人、播磨造船、豊年製油、日本製粉、大日本セルロイドとして、今日繁栄している大規模な会社ばかりです。
これを全部、一鈴木商店、というより金子直吉がやりました。
上記は小島直記の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
「初夢や太閤秀吉奈翁」とは太閤秀吉であり奈翁とはナポレオンのことです。
質屋の丁稚から番頭そして鈴木商店という樟脳店を三井物産と肩を並べるような商事会社に育て上げたわけですので「初夢や太閤秀吉奈翁」という気持ちも分かるような気がしますが、それにしても金子直吉の知恵と才覚の凄さを思い知らされる気がいたします。
今日は以上です。
以下、小島直記の「伝記に学ぶ人間学」より
それから、質草の中に、六法全書とか、いろいろな法律の本があったそうです。
彼はそれで勉強しました。
質草で法律の勉強をしたわけです。
たまたまその質屋が訴訟に巻き込まれて、相手方は本職の弁護士を雇いました。
質屋は弁護士を雇う力がないので、独学の番頭金子が弁護士がわりをやって、とうとう勝ってしまいました。
いかに勉強したか。
弁護士はだしというのは、まさにこのことですが、一介の使用人が質草にある法律の本でプロを負かすぐらいの知識を身につけたというところに、金子直吉の努力の非凡さ、頭の良さが実証されていると思います。
彼は質屋を辞めて、神戸にある鈴木商店という樟脳店に入りました。
そして、鈴木商店を独特の才覚でもって三井物産と肩を並べるような大会社に育て上げます。
その過程が非常に面白いのですが、時間がありませんので、城山君の『鼠』という作品に譲ります。
これはお読みになると面白いし、『金子直吉伝』という伝記もあるので、これをお読みになると、非常にご参考になると思います。
とにかく徒手空拳、知恵と才覚であの組織の三井物産と肩を並べるようなでかい商店にもっていくのですから、皆さん方には参考になると思います。
ただ、そういうふうに繁栄しますが、あまり繁栄しすぎてというよりも、正月に「初夢や太閤秀吉奈翁」という俳句を作るほど気宇壮大な事業のやり方をしたために、非常に事業を広げすぎた点がありました。
大正六年というと、第一次大戦が終わる一年前、私が生まれる二年前で、このとき、金子直吉は五十二歳でしたが、ロンドン支店の高畑という支店長に、次のような手紙を書いています。
「今当店の為し居る計画は凡て満点の成績にて進みつつ在り 御互に商人として此の大乱の真中に生れ
而(しか)も世界的商業に関係せる仕事に従事し得るは無上の光栄とせざるを得ず 即ち此戦乱の変遷を利用し大儲けを為し三井三菱を圧倒する乎(か) 然らざるも彼等と並んで天下を三分する乎 是鈴木商店全員の理想とする所也(なり)」と書いていますが、当たるべからざる気炎です。
ただ、これが決して空威張りでなかったところが恐ろしい。
本当に吹けば飛ぶような質屋の番頭、そしてまた吹けば飛ぶような一樟脳の商店である鈴木商店をして、一大コンツェルンにし、そのコンツェルンは、神戸製鋼、帝人、播磨造船、豊年製油、日本製粉、大日本セルロイドとして、今日繁栄している大規模な会社ばかりです。
これを全部、一鈴木商店、というより金子直吉がやりました。
上記は小島直記の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
「初夢や太閤秀吉奈翁」とは太閤秀吉であり奈翁とはナポレオンのことです。
質屋の丁稚から番頭そして鈴木商店という樟脳店を三井物産と肩を並べるような商事会社に育て上げたわけですので「初夢や太閤秀吉奈翁」という気持ちも分かるような気がしますが、それにしても金子直吉の知恵と才覚の凄さを思い知らされる気がいたします。
今日は以上です。