昭和十六年(1941)当時の日本の科学者は世界トップレベルの能力を備えていたことはイギリス軍のシンガポールで八木アンテナが実戦配備されていたことからも分かりますが日本は八木アンテナの有効性に気づくことが出来なかったのでしょうか。

この辺りをビジネス誌に掲載された「失敗の本質」共同執筆者の一人で戦史研究家、杉之尾宜生氏の「失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちをくりかえしたのか」を前回6月4日続き紹介・引用いたします。

以下、ハーバード・ビジネスレビュー January 2012(失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちを繰り返したのか・杉之尾宜生)より

翌月、蘭印(オランダ領インドネシア)のジャワ島でも、オランダのフィリップ社製作の指向性アンテナの実戦配備が発見される。
この情報を知らされた海軍技術研究所は、八木アンテナの価値を見落としたことに、悔恨の念が湧き上がっていた。

というのも、開戦前、八木から提言されたアンテナの軍事転用化を却下していたからだ。
電波を特定の方向に発受信させる八木アンテナは、奇襲・夜戦を得意戦術とする帝国海軍にとってみずからの位置を敵に知らせるようなもので、軍事利用には不適切と見なしたのである。

コンプトン・レポートが指摘するように、当時の日本は、有能な科学者が画期的な研究成果を次々に公表していた。
だが、理数教育を徹底していた海軍兵学校出身の海軍上層部のなかに、一人として八木アンテナの軍事的活用の可能性と有効性に気づく指導者層がいなかった。

我々は大東亜戦争の敗北を物量の差・科学技術力の差に帰していたが、より正確に表現すれば、政治・軍事指導者層の科学技術に対する認識の差で敗北したと見なすべきである。
つまり、目利きのできないトップが、イノベーションの芽を埋没させる好例であろう。

英蘭軍による八木アンテナの軍事利用を知った時、日本軍がその威力を理解していたとは言いがたい。
というのも、太平洋戦争初期のレーダーは性能が低く、シンガポールやジャワ島陥落時点では、英蘭軍はレーダーを防衛力として活用する水準になく、日本軍の攻撃に屈しているからだ。

その後、実戦配備されるなかで、レーダーの性能は加速度的に向上する。
アメリカは、大東亜戦争前年に、戦争を勝利に導くため科学技術を吸い上げる国家システムを構築し、レーダーやVT信管(Variable time fuse )の開発、マンハッタン計画などを猛スピードで推進した。
そして、帝国海軍のお家芸ともいえる夜襲戦術は、完膚なきまでに破られることになる。

上記はハーバード・ビジネスレビュー January 2012(失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちを繰り返したのか・杉之尾宜生)より引用いたしました。

科学技術に対する政治・軍事指導者の認識の差、ということは、この失敗の本質そのものである過去の成功体験に頼ったと言うか成功体験によって強化されたもの(日本的組織)の非科学体質を否定出来なかったことに尽きるのではないでしょうか。

軍事的な問題だけでなく、現在の企業においても従来の成功体験に頼っている限りにおいて斜陽化は免れないことと、ある意味で同質の問題のように思われます。

今日は以上です。