伝記における自伝の問題ということで成功者の自伝によく見られる自画自賛や裸になる難しさについて、これまで見て来ましたが、自伝に対して他伝はどうか、ということ小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より前回5月18日の続きで紹介・引用いたします。
以下、小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より
それでは、他伝はどうかというと、他伝執筆の多くの場合は、スポンサー付きです。
そして、スポンサーが付くので遠慮しています。
というよりも、むしろちょっと美点と思われるものがあると、針小棒大、針ほどの大きさのものを棒のような大きさに書く。
あるいは、惚れ込んでいると、あばたもえくぼということがあって、本当は欠点だけれども、それを美点と思い込んで書く場合がありますし、他人が書くんですから、本人の生活の肝心なことについては、データがありません。
本当は日記があるのでしょうが、日記を出してくれない場合があるわけです。
そして、粉飾(非常に飾ってあること)、空白(意識して書かれていないこと)、歪曲(デフォルメ)、つまりは虚偽の部分がありますが、その典型的な例は、徳富蘇峰の伝記です。
徳富蘇峰は日本一の大新聞記者であり、日本一の著述家だというのが、日本における定評です。
そして、この人の書いた『公爵山県有朋伝』『公爵桂太郎伝』は、日本の政治家を書いた本では、いちばん権威のあるものとされています。
『山県有朋伝』は三冊、『公爵桂太郎伝』は二冊ですが、それぞれ五十センチぐらいの厚さの膨大な本です。
ところが、一言だけ言うと、山県有朋は生涯に九つ別荘を造った男です。
その男について、徳富さんは、「公は極めて質素の人であった」と書いていますが、別荘を九つも造る男がどうして質素だろうかと思うでしょう。
そこで、信じられません。
桂太郎の場合は、日露戦争の時代に総理大臣をしていて、日露戦争の結果、満州ののちの満鉄になった鉄道路線の権益を日本が握っていたのを、アメリカの鉄道王のハリマンが買いにきたことがあります。
桂太郎はそれをハリマンに売り渡そうとしました。
要するに、戦後の日本経済がたいへんな苦境に立っていたわけです。
戦争そのものは外債によって賄いましたから、外債を元利ともに払わなければいけません。
日本としては、十年前の日清戦争では三億両(テール)という莫大な賠償金を取ったので、今度はロシアから五十万円ぐらいの賠償金を取って、それで外債をパーにするつもりでした。
ところが、賠償金は一文も取れません。
それどころか、満州に日本帝国の権益を認めさせたので、膨大な設備投資資金の必要性が出てきます。
同時に、陸軍は「勝った、勝ったと言っているけれども、本当は勝っていないんだ。戦ったのは中国の領土であり、ロシアの陸軍は健在だ。したがって、またいつ国境を越えて攻め込んでくるかもしれないから」と言って、防衛予算の増額を求めることで、金が山ほど要るわけです。
そこで、桂総理大臣はじめ時の元老たちは、ハリマンの提案をいわば救いの神として、飛びついて、内契約は済みました。
ところが、そこに小村寿太郎外務大臣がポーツマスから帰ってきて、
「とんでもない。満鉄は帝国の陸軍将兵十万人の血で購ったものだ。
それをアメリカの自由に任せることがあるか」
ということで反対して、ついにそれをご破算にしたという重大な事件ですが、その事件がこんな厚い伝記に少しも書いてありません。
しかし、桂太郎という人を言う場合は、見方によればたいへんな政治性を示すものだと言えると思います。
例えば、昭和になって、太平洋戦争も近いころ、満鉄総裁の鮎川義介は、満鉄にアメリカの資本を導入せよと言いました。
「アメリカの資本を導入すれば、ロシアがうっかり攻め込むと、アメリカからも反撃を食うかもしれない。
日本とアメリカを敵にすることになるから、満州には攻め込まないぞ」と鮎川は言いました。
そういうことは入れられませんでしたが、鮎川さんが昭和に主張したことを、桂太郎は明治三十九年に実際にやったんです。
したがって、そういう立場からみれば、政治家の一つの有力なる能力表示と言えますし、少なくとも、その生涯を語った伝記においては、決して逸してはならないのに、それがありません。
上記は小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
伝記というものの面白さと同時に自伝に対して他伝の問題部分についても触れられていますが興味深いのは、やはり桂太郎伝についてですが先ずは伝記を通して人間を見抜く力を養いたいものです。
今日は以上です。
以下、小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より
それでは、他伝はどうかというと、他伝執筆の多くの場合は、スポンサー付きです。
そして、スポンサーが付くので遠慮しています。
というよりも、むしろちょっと美点と思われるものがあると、針小棒大、針ほどの大きさのものを棒のような大きさに書く。
あるいは、惚れ込んでいると、あばたもえくぼということがあって、本当は欠点だけれども、それを美点と思い込んで書く場合がありますし、他人が書くんですから、本人の生活の肝心なことについては、データがありません。
本当は日記があるのでしょうが、日記を出してくれない場合があるわけです。
そして、粉飾(非常に飾ってあること)、空白(意識して書かれていないこと)、歪曲(デフォルメ)、つまりは虚偽の部分がありますが、その典型的な例は、徳富蘇峰の伝記です。
徳富蘇峰は日本一の大新聞記者であり、日本一の著述家だというのが、日本における定評です。
そして、この人の書いた『公爵山県有朋伝』『公爵桂太郎伝』は、日本の政治家を書いた本では、いちばん権威のあるものとされています。
『山県有朋伝』は三冊、『公爵桂太郎伝』は二冊ですが、それぞれ五十センチぐらいの厚さの膨大な本です。
ところが、一言だけ言うと、山県有朋は生涯に九つ別荘を造った男です。
その男について、徳富さんは、「公は極めて質素の人であった」と書いていますが、別荘を九つも造る男がどうして質素だろうかと思うでしょう。
そこで、信じられません。
桂太郎の場合は、日露戦争の時代に総理大臣をしていて、日露戦争の結果、満州ののちの満鉄になった鉄道路線の権益を日本が握っていたのを、アメリカの鉄道王のハリマンが買いにきたことがあります。
桂太郎はそれをハリマンに売り渡そうとしました。
要するに、戦後の日本経済がたいへんな苦境に立っていたわけです。
戦争そのものは外債によって賄いましたから、外債を元利ともに払わなければいけません。
日本としては、十年前の日清戦争では三億両(テール)という莫大な賠償金を取ったので、今度はロシアから五十万円ぐらいの賠償金を取って、それで外債をパーにするつもりでした。
ところが、賠償金は一文も取れません。
それどころか、満州に日本帝国の権益を認めさせたので、膨大な設備投資資金の必要性が出てきます。
同時に、陸軍は「勝った、勝ったと言っているけれども、本当は勝っていないんだ。戦ったのは中国の領土であり、ロシアの陸軍は健在だ。したがって、またいつ国境を越えて攻め込んでくるかもしれないから」と言って、防衛予算の増額を求めることで、金が山ほど要るわけです。
そこで、桂総理大臣はじめ時の元老たちは、ハリマンの提案をいわば救いの神として、飛びついて、内契約は済みました。
ところが、そこに小村寿太郎外務大臣がポーツマスから帰ってきて、
「とんでもない。満鉄は帝国の陸軍将兵十万人の血で購ったものだ。
それをアメリカの自由に任せることがあるか」
ということで反対して、ついにそれをご破算にしたという重大な事件ですが、その事件がこんな厚い伝記に少しも書いてありません。
しかし、桂太郎という人を言う場合は、見方によればたいへんな政治性を示すものだと言えると思います。
例えば、昭和になって、太平洋戦争も近いころ、満鉄総裁の鮎川義介は、満鉄にアメリカの資本を導入せよと言いました。
「アメリカの資本を導入すれば、ロシアがうっかり攻め込むと、アメリカからも反撃を食うかもしれない。
日本とアメリカを敵にすることになるから、満州には攻め込まないぞ」と鮎川は言いました。
そういうことは入れられませんでしたが、鮎川さんが昭和に主張したことを、桂太郎は明治三十九年に実際にやったんです。
したがって、そういう立場からみれば、政治家の一つの有力なる能力表示と言えますし、少なくとも、その生涯を語った伝記においては、決して逸してはならないのに、それがありません。
上記は小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
伝記というものの面白さと同時に自伝に対して他伝の問題部分についても触れられていますが興味深いのは、やはり桂太郎伝についてですが先ずは伝記を通して人間を見抜く力を養いたいものです。
今日は以上です。