日本の大東亜戦争における戦争目的ということに対し具体的な目的意思を持たないままに戦争に突入していったことが戦略の統一性を欠いたものとなってしまいます。
武力戦という認識からの指導方針である(爾後ノ戦争指導ノ大綱)についてビジネス誌に掲載された「失敗の本質」共同執筆者の一人で戦史研究家の杉之尾宜生氏の「失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちをくりかえしたのか」を前回4月16日の続きで紹介・引用いたします。
以下、ハーバード・ビジネスレビュー January 2012(失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちを繰り返したのか・杉之尾宜生)より
これは、軍事限定の武力戦を指導するものであって、戦争指導ではない。
クラウゼヴィッツによれば「戦争とは、他の異なれる手段をもってする政治の延長」であり、リデル=ハートは「戦略とは、政策上の目的を達成するために軍事的手段を分配し、運用する術」と言う。
つまり、戦争目的のサブフィールドとして、武力戦という手段を講じるわけであるが、日本の戦争指導の大綱には戦争目的を示そうという発想がない。
では、そもそも掲げるべき日本の戦争目的とは何だったのか。
昭和十四年(1939)九月一日、ドイツのポーランド侵攻によって第二次世界大戦が始まり、翌年、ドイツがフランスを占領した。
日本は、親ドイツ政権のヴィシー政権と協定を結び、北部仏印、南部仏印へと進駐した。
目的は、インドネシアの石油である。
結果、イギリス、オランダ、アメリカが対日資産を凍結し、さらにアメリカは対日石油輸出を全面禁止するという強硬策に出た。
そして、対米開戦が避けられなくなった昭和十六年(1941)十一月、「対英米蘭戦争終末促進ニ関スル腹案」が発せられた。
その内容は、「米英に対しては長期持久戦争となるため、南方の戦略資源要域を確保し、自給自足体制を整え、自存自衛の態勢を確立堅持しつつ客観情勢の好転を待つ」というものだ。
石油、鉄鋼、ボーキサイト、鉄鉱石、天然ゴム等の工業原料はもちろん、食糧などの基幹物資を輸入に依存していた日本が長期持久戦の体制を確立するには、南方の資源要域と主要交通ルートとを確保して、資源の安全輸送を死守しなければならない。
これについて、戦時下の統制経済を管轄する企画院は、開戦時の保有船腹量約六〇〇万トンのうち、国家経済に要する民需用を約三〇〇万トンと見積もっている。
したがって、軍徴用の上限は三〇〇万トンになるわけだが、陸海軍は根拠のない数字を並べ立て、軍需の上限を上回る船舶を強制的に徴用した。
自給体制を確立する意思、自存自衛の態勢を堅持する発想などは、微塵も見当たらない。
そもそも、「客観情勢の好転を待つ」というのは、ドイツが勝利することでソ連の脅威がなくなり、米英の戦力が低下することを待つ、という意味である。
すなわち、日本の戦争目的はヨーロッパにおいてドイツが勝利するまで耐えるという他力本願、希望的観測に基づいていたことになる。
上記は以下、ハーバード・ビジネスレビュー January 2012(失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちを繰り返したのか・杉之尾宜生)より引用いたしました。
ヨーロッパにおけるナチス・ドイツの電撃的攻勢に目を奪われていてドイツの勝利を疑わなかったのかも知れませんがドイツの攻勢に乗っかった思惑でしかなかったのではないでしょうか。
今日は以上です。
武力戦という認識からの指導方針である(爾後ノ戦争指導ノ大綱)についてビジネス誌に掲載された「失敗の本質」共同執筆者の一人で戦史研究家の杉之尾宜生氏の「失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちをくりかえしたのか」を前回4月16日の続きで紹介・引用いたします。
以下、ハーバード・ビジネスレビュー January 2012(失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちを繰り返したのか・杉之尾宜生)より
これは、軍事限定の武力戦を指導するものであって、戦争指導ではない。
クラウゼヴィッツによれば「戦争とは、他の異なれる手段をもってする政治の延長」であり、リデル=ハートは「戦略とは、政策上の目的を達成するために軍事的手段を分配し、運用する術」と言う。
つまり、戦争目的のサブフィールドとして、武力戦という手段を講じるわけであるが、日本の戦争指導の大綱には戦争目的を示そうという発想がない。
では、そもそも掲げるべき日本の戦争目的とは何だったのか。
昭和十四年(1939)九月一日、ドイツのポーランド侵攻によって第二次世界大戦が始まり、翌年、ドイツがフランスを占領した。
日本は、親ドイツ政権のヴィシー政権と協定を結び、北部仏印、南部仏印へと進駐した。
目的は、インドネシアの石油である。
結果、イギリス、オランダ、アメリカが対日資産を凍結し、さらにアメリカは対日石油輸出を全面禁止するという強硬策に出た。
そして、対米開戦が避けられなくなった昭和十六年(1941)十一月、「対英米蘭戦争終末促進ニ関スル腹案」が発せられた。
その内容は、「米英に対しては長期持久戦争となるため、南方の戦略資源要域を確保し、自給自足体制を整え、自存自衛の態勢を確立堅持しつつ客観情勢の好転を待つ」というものだ。
石油、鉄鋼、ボーキサイト、鉄鉱石、天然ゴム等の工業原料はもちろん、食糧などの基幹物資を輸入に依存していた日本が長期持久戦の体制を確立するには、南方の資源要域と主要交通ルートとを確保して、資源の安全輸送を死守しなければならない。
これについて、戦時下の統制経済を管轄する企画院は、開戦時の保有船腹量約六〇〇万トンのうち、国家経済に要する民需用を約三〇〇万トンと見積もっている。
したがって、軍徴用の上限は三〇〇万トンになるわけだが、陸海軍は根拠のない数字を並べ立て、軍需の上限を上回る船舶を強制的に徴用した。
自給体制を確立する意思、自存自衛の態勢を堅持する発想などは、微塵も見当たらない。
そもそも、「客観情勢の好転を待つ」というのは、ドイツが勝利することでソ連の脅威がなくなり、米英の戦力が低下することを待つ、という意味である。
すなわち、日本の戦争目的はヨーロッパにおいてドイツが勝利するまで耐えるという他力本願、希望的観測に基づいていたことになる。
上記は以下、ハーバード・ビジネスレビュー January 2012(失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちを繰り返したのか・杉之尾宜生)より引用いたしました。
ヨーロッパにおけるナチス・ドイツの電撃的攻勢に目を奪われていてドイツの勝利を疑わなかったのかも知れませんがドイツの攻勢に乗っかった思惑でしかなかったのではないでしょうか。
今日は以上です。