盲判の大家ということで伊庭貞剛という人物の考え方を小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」から見て来ましたが今回はその盲判によって生まれた人材ということを前回の続きで小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」から紹介・引用いたします。
以下、小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より
その盲判で何が生まれたかということですが、何を書いても判は押してもらえる、しかし、不備の書類のために問題が起きたときには、全部伊庭さんが責任をかぶられる、これは申し訳がないということから、どうせ盲判を押していただくことはわかっていても、部下たちが一生懸命、間違いのないことを書いたわけです。
間違いのない調査をしたわけです。
そういうことで、おのれ自身が最高意思決定者のような立場で、仕事をする習慣が出てきて、人材はそうやって生まれました。
住友の繁栄の基礎は人材です。
そういうことで、次々と人材が生まれました。
そういう人が伊庭さんです。
その伊庭さんが総理事のときに、先ほど申し上げた山口県の参事官であった小倉正恒さんが、特等席の役人をやめて入社し、その希望によって、ヨーロッパに留学を命じるということになりました。
そのとき伊庭さんに挨拶に行くと、伊庭さんの言った台詞がいいんです。
「君を住友の金で派遣するのだけれども、何も住友の商売、住友の事業に役に立つことだけを考えなくていい。
日本のために何が役に立つかということだけを見てくれば、それでいいんだ」
と言われたそうです。
小倉さんは、いま申し上げたように、普通の俗物ならば有頂天になるべきポストを自ら捨て去るような人であるだけに、伊庭さんのヨーロッパ派遣の言葉が身にしみました。
自分を日本の人材たるべく養成しようとされているというところに、経営理念を見たわけです。
そこで彼は本当に心から伊庭さんを尊敬するようになり、住友を愛するようになり、のちには小倉さん自身が住友の総理事となられました。
私はこの一連の話は、日本資本主義史で最も好きなところであり、最も大事なところであろうと信じています。
そこにはなんら肩書はありません。
理念がある。心がある。
私が強調しているのはそこです。
したがって、伊庭さんは外見はまことに君子のような風貌があったし、小倉さんにもその風貌がありました。
上記は小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
盲判によって人材が生まれ育ったという話ですが、ある意味でこの部分というのは上司と部下と言うよりも志を同じくする志士という気概があればこそだと思います。
伊庭貞剛さんが小倉正恒氏に言った台詞もまさに士の心、志が小島直記氏の琴線に触れた言うことではないでしょうか。
人生、意気に感じるということほど大事なことはないですね。
今日は以上です。
以下、小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より
その盲判で何が生まれたかということですが、何を書いても判は押してもらえる、しかし、不備の書類のために問題が起きたときには、全部伊庭さんが責任をかぶられる、これは申し訳がないということから、どうせ盲判を押していただくことはわかっていても、部下たちが一生懸命、間違いのないことを書いたわけです。
間違いのない調査をしたわけです。
そういうことで、おのれ自身が最高意思決定者のような立場で、仕事をする習慣が出てきて、人材はそうやって生まれました。
住友の繁栄の基礎は人材です。
そういうことで、次々と人材が生まれました。
そういう人が伊庭さんです。
その伊庭さんが総理事のときに、先ほど申し上げた山口県の参事官であった小倉正恒さんが、特等席の役人をやめて入社し、その希望によって、ヨーロッパに留学を命じるということになりました。
そのとき伊庭さんに挨拶に行くと、伊庭さんの言った台詞がいいんです。
「君を住友の金で派遣するのだけれども、何も住友の商売、住友の事業に役に立つことだけを考えなくていい。
日本のために何が役に立つかということだけを見てくれば、それでいいんだ」
と言われたそうです。
小倉さんは、いま申し上げたように、普通の俗物ならば有頂天になるべきポストを自ら捨て去るような人であるだけに、伊庭さんのヨーロッパ派遣の言葉が身にしみました。
自分を日本の人材たるべく養成しようとされているというところに、経営理念を見たわけです。
そこで彼は本当に心から伊庭さんを尊敬するようになり、住友を愛するようになり、のちには小倉さん自身が住友の総理事となられました。
私はこの一連の話は、日本資本主義史で最も好きなところであり、最も大事なところであろうと信じています。
そこにはなんら肩書はありません。
理念がある。心がある。
私が強調しているのはそこです。
したがって、伊庭さんは外見はまことに君子のような風貌があったし、小倉さんにもその風貌がありました。
上記は小島直記氏の「伝記に学ぶ人間学」より引用いたしました。
盲判によって人材が生まれ育ったという話ですが、ある意味でこの部分というのは上司と部下と言うよりも志を同じくする志士という気概があればこそだと思います。
伊庭貞剛さんが小倉正恒氏に言った台詞もまさに士の心、志が小島直記氏の琴線に触れた言うことではないでしょうか。
人生、意気に感じるということほど大事なことはないですね。
今日は以上です。