太平洋戦争における日本の敗戦ということを考えたとき、日本と米英の知的組織としての軍隊の違いが明らかであることは前回1月15日に触れましたが、ではなぜ日本の軍隊は知的な組織として機能しなかったのでしょうか。

今回はこの点についてビジネス誌に掲載された野中郁次郎氏の「リーダーは、実践し、賢慮し、垂範せよ」を前回に続いて紹介・引用いたします。

以下、ハーバード・ビジネスレビュー January 2012(リーダーは、実践し、賢慮し、垂範せよ・野中郁次郎)より

またアメリカの場合、戦時情報局や軍の諜報部門を中心に、軍事作戦や戦後の占領政策立案のため、アカデミズムの俊英が大いに動員されていた。
その一人が日本人論『菊と刀』を著わしたルース・ベネディクトだった。

イギリスはもっと徹底していた。
ドイツ海軍の潜水艦<Uボート>による輸送船の被害に悩まされていたイギリス国防省は、大学の数理工学グループなどにこの問題の解決を依頼した。
半年後、一定規模の船団を組み、天候や月齢を考慮して出発すれば損害を大幅に減らすことができるという回答を得て、実行したところ、その通りの成果が得られた。

この考え方は後にオペレーションズ・リサーチと呼ばれ、企業経営に取り入れられていく。
こうした軍事上の課題を民間に提示し解決を仰ぐというやり方は、日本では考えられなかった。

日本軍内部での人材登用も基本は年功序列で、抜擢はほとんどなかった。
海軍の昇進人事は海軍兵学校の卒業席次(ハンモック・ナンバー)が人事管理に大きく影響した。
陸軍でも陸軍大学校卒業徽章(俗にいう天保銭てんぽうせん)が最後までついて回った。

さらに軍人教育機関で教えられた内容も非常に偏っており、哲学、文学、芸術、自然科学といったリベラル・アーツは皆無だった。
英米との戦争も予想されるというのに、陸軍大学校では英語も教えられていなかった。

私はリベラル・アーツのなかでも、特に知についての最も基本的な学問である哲学の素養が社会のリーダーには不可欠だと考えている。
哲学は「どうあるか」という存在論と、「どう知るか」という認識論で構成され、その両面から、真・善・美について徹底的に考え抜く。

それによって、モノではなくコトでとらえる大局観、物事の背後にある関係性を見抜く力、多面的な観察力が養えるのだ。
東洋にも『論語』などの哲学があるが、どうしても道徳論になりがちで、知の飽くなき探求という意味では真善美を追求する西洋哲学には及ばない。

歴史や文学に関する素養も欠かせない。
たとえば、チャーチルは先のバトル・オブ・ブリテンの際、ドイツのイギリス本土侵攻について側近に語り続けていたが、その内容は目前のドイツによるものではなく、九〇〇年近くも前のノルマン人のイングランド島侵攻についてだったというのである。

こうした歴史についての深い理解が、戦時指導者としての水際立った活躍を可能にしたのだろう。
チャーチルはまた著作家でもあり、のちにノーベル文学賞を取ったほどの人物だ。
演説も巧みで、人々を鼓舞するレトリックの才にも長(た)けていた。

上記はハーバード・ビジネスレビュー January 2012(リーダーは、実践し、賢慮し、垂範せよ・野中郁次郎)より引用いたしました。

アメリカやイギリスの軍隊と比べて日本の陸海軍は軍隊という社会とは隔絶した組織を通して対応するということであったのではないでしょうか、軍隊を武力戦闘の組織としてだけに位置付けてしまって何のために戦うのかそのために必要なコト何をすべきか、という戦略が問われずに「ひとりよがりな思い込み」という閉鎖的な組織からはアメリカやイギリスのような統合化された非武力戦の考え方が欠落していたということではないでしょうか。

今日は以上です。