いつもは近代企業家というテーマで島田昌和氏の社会企業家「渋沢栄一」から引用させていただいていますが今回は焦点を渋沢栄一と関わりが深かった三野村利左衛門にあてて取り上げます。
渋沢栄一のライバルと言えば岩崎弥太郎という名前が出てきますが、この岩崎弥太郎にとってもう一人のライバルが三野村利左衛門という人物です。
渋沢栄一は農民の出身であり岩崎弥太郎は土佐の地下浪人という低い身分の出身であることは既に御存知の方も多いと思いますが三野村利左衛門についてはあまり知られていないように思います。
父が庄内藩士とされているようですが、その出自は定かでなく、評伝によれば十四歳で江戸に出て乾物問屋で奉公したということです。
ただ、非常な働き者でまじめな働きぶりを認められて当時の幕府勘定奉行小栗上野介忠順家の中間となり小栗家でも、その働きが評価され小栗忠順の信頼を得ることになります、そしてこのことが三野村利左衛門にとって転機となって三井家でその手腕を見込まれることになります。
小栗家での中間働きを近所の菜種油と砂糖を商っていた主人に見込まれ娘の婿に、ということで利左衛門は商家の婿になりますが女房が作った金平糖を行商で売り歩くという日々で稼ぎというほどのものはなかったようですが、それでも倹約貯蓄に励み両替商の株を買って両替屋を始め江戸で一番の両替商である三井家に出入りするうちに三井家の番頭連中に可愛がられ彼のもたらす情報が評価されるようになります。
そして勘定奉行小栗上野介の屋敷で働いていたときのネットワークから彼が得た情報は幕府の長州征伐のための御用金二百万両が三井家に賦課されるという内容で、このことを三井家にいち早く伝え三井家では、この二百万両という大金には応じられない窮状を訴えますが幕府との交渉役に利左衛門を充てます。
この大役を果たすため利左衛門は小栗上野介を通じて幕府要路に働きかけ情報収集に当たる一方で、御用金減免につき幕府勘定方と交渉し、ついに二百万両を五十万両に減額にした上で、さらに六回の分割上納という条件とすることに成功します。
三井家は利左衛門の功績を認めて彼を迎え入れることとし、それまで「紀の利」と呼ばれていた男が三井入りを機に名前を三野村利左衛門と改めます。
誠実な働きと今で言う情報営業力という並外れた才能を感じますが、三野村利左衛門という人物の本当の真価は次回に続けます。
今日は以上です。
渋沢栄一のライバルと言えば岩崎弥太郎という名前が出てきますが、この岩崎弥太郎にとってもう一人のライバルが三野村利左衛門という人物です。
渋沢栄一は農民の出身であり岩崎弥太郎は土佐の地下浪人という低い身分の出身であることは既に御存知の方も多いと思いますが三野村利左衛門についてはあまり知られていないように思います。
父が庄内藩士とされているようですが、その出自は定かでなく、評伝によれば十四歳で江戸に出て乾物問屋で奉公したということです。
ただ、非常な働き者でまじめな働きぶりを認められて当時の幕府勘定奉行小栗上野介忠順家の中間となり小栗家でも、その働きが評価され小栗忠順の信頼を得ることになります、そしてこのことが三野村利左衛門にとって転機となって三井家でその手腕を見込まれることになります。
小栗家での中間働きを近所の菜種油と砂糖を商っていた主人に見込まれ娘の婿に、ということで利左衛門は商家の婿になりますが女房が作った金平糖を行商で売り歩くという日々で稼ぎというほどのものはなかったようですが、それでも倹約貯蓄に励み両替商の株を買って両替屋を始め江戸で一番の両替商である三井家に出入りするうちに三井家の番頭連中に可愛がられ彼のもたらす情報が評価されるようになります。
そして勘定奉行小栗上野介の屋敷で働いていたときのネットワークから彼が得た情報は幕府の長州征伐のための御用金二百万両が三井家に賦課されるという内容で、このことを三井家にいち早く伝え三井家では、この二百万両という大金には応じられない窮状を訴えますが幕府との交渉役に利左衛門を充てます。
この大役を果たすため利左衛門は小栗上野介を通じて幕府要路に働きかけ情報収集に当たる一方で、御用金減免につき幕府勘定方と交渉し、ついに二百万両を五十万両に減額にした上で、さらに六回の分割上納という条件とすることに成功します。
三井家は利左衛門の功績を認めて彼を迎え入れることとし、それまで「紀の利」と呼ばれていた男が三井入りを機に名前を三野村利左衛門と改めます。
誠実な働きと今で言う情報営業力という並外れた才能を感じますが、三野村利左衛門という人物の本当の真価は次回に続けます。
今日は以上です。