ドラッカーの「イノベーションと企業家精神」から今回は“イノベーションとは”ということで私自身が考えさせられた部分第2章 イノベーションの機会―七つの源泉を紹介・引用いたします。

以下、「イノベーションと企業家精神」第2章 イノベーションの機会―七つの源泉より

企業家たる者は、イノベーションを行わなければならない。
イノベーションこそ、企業家に特有の道具である。
イノベーションとは、資源に対し、富を創造する新たな能力を付与するものである。
資源を真の資源たらしめるものが、イノベーションである。

イノベーションによって、自然に存在するものを有用なものに転換し、経済的な価値を付与しないかぎり、なにものも真の資源とはなりえない。
植物は雑木、雑草にすぎず、鉱物は岩や土砂にすぎない。
地表にしみ出る原油や、アルミニウムの原料であるボーキサイトが、人間にとって資源となったのは、一世紀少々前のことにすぎない。
それまでは、いずれも、単に地力を損なう厄介物であったにすぎない。

ペニシリンも単なる厄介物であり、資源ではなかった。
細菌学者たちは、ペニシリンから細菌の培養を守ることに四苦八苦していた。
ロンドンの医者アレキサンダー・フレミングが、この厄介物こそ、細菌学者が求めているものであることに気づいたのは、一九二〇年代のことである。
このときはじめて、ペニシリンは価値ある資源となった。

科学技術のみならず、経済や社会の領域でも、事情はまったく変わらない。
経済における最大の資源は、購買力である。
この購買力にしても、企業家が創造すべきものである。

一九世紀の初め、アメリカの農民には、ほとんど購買力がなかった。
そのため農機具を購入することができなかった。
市場には数十種類におよぶ農機具が出ていたが、いかに農民がそれらを欲しても、購入すべき資金がなかった。
そのとき、農機具の発明者の一人、サイラス・マコーミックが割賦販売を考えだした。
爾来、農民は、過去の蓄えからではなく未来の稼ぎから、農機具を購入することができるようになった。
こうしてまさに突然、農機具購入のための購買力が生まれたのである。

既存の資源の価値の増大もまた、すべてイノベーションによってもたらされるべきものである。
トラックの荷台を荷物ごと切り離し、貨物船に乗せるというアイデアには、いかなる新技術もかかわっていない。
しかし、まさにコンテナー船の発明こそ、貨物船を単なる船と見ずに、運搬具と見るところから生まれた一つのイノベーションであった。
当時、海運業の抱える問題の核心は、港における貨物の滞留時間をいかにして短くするかということにあった。
こうして、コンテナー船という平凡至極なイノベーションは、海運業の生産性を四倍も高め、海運業の危機を救ったのである。
コンテナー船の発明なかりせば、人類の経済活動において、史上最高の成長ともいうべき最近四〇年間における世界貿易の膨大な伸びも、実現されなかったにちがいない。

同様に、普通教育の普及を可能にしたものは、教育の価値に対する理解や、師範学校における教師の育成、あるいは教育学の進歩ではなく、最もイノベーションらしからぬイノベーション、すなわち教科書の発明であった。
(注)教科書の発明者はおそらく、一七世紀の中葉、自らはじめてラテン語入門を書いたチェコの偉大な教育改革者ヨハン・コメニウスであろう。

教科書がなければ、いかに優れた教師であろうとも、一度に教えることのできる生徒の数は一人か二人である。
ところが、教科書があれば、さほど優秀ではない教師であっても、一度に三〇人から三五人の生徒に対して、少なくとも、なにがしかのことは教えられるのである。

上記は「イノベーションと企業家精神」第2章 イノベーションの機会―七つの源泉より引用いたしました。

イノベーションということに対して具体的なケースについて解りやすく説明されていることで改めてイノベーションとは何か、を考えさせられます。
30年弱ほど前に書かれたものですが、その指摘が現代にも充分あてはまるように思われます。
経済における最大の資源として購買力を挙げて割賦販売について触れられている部分は考えさせられます。
次回もこの続きを見ていきます。

今日は以上です。