昭和十年前後当時、英米に対する感情と比べて特にドイツを見る目の親近感と期待が強かったように思われますが、この辺りの様子を半藤一利氏の「昭和史1926―1945」から前回5月5日続きで見ていきます。

以下、半藤一利氏の「昭和史1926―1945」より

ドイツはイギリス、フランスなどと違って新興国家です。
もちろんプロイセン時代がありますから古い国家ではありますが、ナチス・ドイツは言うまでもなく、ドイツが統一されたのが非常に新しいのです。
日本の憲法そのものはプロイセン憲法を受け入れています。
また医学ではベルツをはじめとするドイツ医学に多くを学び、軍事学でも陸軍のメッケル少佐の恩恵(おんけい)を蒙(こうむ)っていましたし、他にも哲学、文学、教育はフィヒテ、ケーベル、ブッセといった人たちの影響を受けてきました。

昭和に入ってからもその傾向は大きくなり、ヘーゲル、ショーペンハウァー、アインシュタイン、コッホなどがその例です。
また日本の医学者、軍人、思想家、音楽家、法律家などはほとんどドイツに留学して学び、そのレベルを上げていきました。
このように親独感情は根強くかつ根深くあったのです。

さらに言えば、ナチス・ドイツです。
ヒトラー総統によってドイツが軍事化され、第一次世界大戦でこてんぱんにやられたドイツが、その屈辱をはねのけて、堂々たる国になったどころか、ヨーロッパの新秩序をつくろうという、いわばヨーロッパの盟主になろうとしている。
昭和十年前後にベルリンを訪れた日本の陸海軍の軍人や外交官らは、その大いなる成果、ドイツの二段飛び三段飛びの発展ぶりに目を見張ったのです。

さらに付け加えれば、どうもドイツ人は日本人と性質がよく似ているのですね。
堅実で勤勉、几帳面、組織愛に満ち、頑固で無愛想―あまり外交的ではないということですが―形式を重んじ…とマイナスも含めて似ています。
しかもともに単一的民族国家(ドイツはゲルマン民族)ですから、団体行動が得意、規律を重んじ、遵法(じゅんぽう)精神に富み、愛国心が強い。

そしてともに教育水準が高く、頭が良くて競争心が強く、働くことに生きがいを感じている…というように日本人がドイツ人に親近感をもったとすれば、それに比べてイギリス人のそっけなさや冷たさ、フランス人の外交的な軽佻浮薄(けいちょうふはく)さインチキさ、アメリカ人の「われこそ世界の警察官である」というような傲慢(ごうまん)さ横柄(おうへい)さは日本人には合わないというので、反英米感情と裏腹に親独傾向がどんどん強くなっていきました。
すると三国同盟は、実にいいことじゃないかという空気が一般的になってきたのです。

上記は半藤一利氏の「昭和史1926―1945」より引用いたしました。

日本とドイツは、当時の国際的な立場や背景からも似通った一面とナチス・ドイツの勢いに惹かれたように思いますがナチス・ドイツの思惑に振り回されていたようにも感じます。
三国同盟推進派に対して米内・山本・井上の海軍トリオがどのように対したのか、を次回も見ていきます。

今日は以上です。