ビジネスモデルとして従来の成功方式を否定した考え方はイノベーションの参考になると思います。

イノベーション“成功の法則”前回 に続き12月18日の日経新聞から紹介・引用いたします。



以下、12月18日の日経新聞「イノベーション」より


イノベーション  成功の法則 ④


家具・家庭用品チェーンのニトリホールディングスの似鳥昭雄社長は今年、中南米の視察に出かけた。


約40年前に自身が手本とした米国で2013年にも出店を始めるのに伴い、原材料の調達先を探すのが目的だ。


11年2月期に24年連続の増収増益を果たし、本格的な海外展開にも動き出したニトリ。

独自で商品開発から製造、販売、配送までの一貫チェーンを作り上げ、低価格と豊富な品ぞろえで成長してきた同社のビジネスモデルは創業の地、北海道で培われた。


似鳥氏が起業を志した1960~70年代、仕入れが難しい北海道では家具問屋の力が絶大だった。

低価格を売りに出店を拡大しようとしても、業界秩序を壊す存在として問屋が取引に応じない。

そこで新潟、群馬などの問屋から仕入れたが、「すぐに問屋の間で情報が回り、取引を打ち切られた」(似鳥氏)。


海外調達に活路


活路は海外にあった。

80年代に海外での調達を始め、今は中国、インドネシア、ベトナムと広げた。

製造から販売までを問屋に頼らず、自社でコントロールするSPA(製造小売り)と呼ばれる手法はニトリが「ユニクロ」に先行した。

北海道は仕入れが難しいだけでなく、所得水準も高くはない。

似鳥氏は「恵まれない状況を克服するには現状を否定するしかない。だからイノベーションが生まれる」と語る。


事実、北海道には流通企業のトップが多い。

とりわけバブルが崩壊した90年代、同地域から全国区の流通企業が多数生まれた。

少子高齢化などで国内消費市場は縮み、百貨店や総合スーパーなど過去の成功方程式に安住した企業は成長力を失った。

だが厳しい市場環境の下でイノベーションを続け、勝ち残った企業のデフレ耐性は強い。


PB
増やし低価格


岐阜県多治見市

近年は「日本一暑い町」として有名だが、ここにイオンなど大手小売業も注目するスーパーがある。

コロッケ1個18円、豆腐1丁18円――脅威の価格競争力で地域シェアの40%を握るバローだ。

プライベートブランド(PB=自主企画)商品と自社製造品を加えると、総売上高に占める比率は30%弱。

業界平均を大きく超える。


同社の成長も地域性とは無縁ではない。

田代正美社長は「名古屋にあるスーパーと違い、わざわざ商品を運んでくれる問屋もなかった。加えて中京地区は全国の企業が進出してくる激戦区で、並の価格競争力では勝てない」と振り返る。


そこでメーカーや問屋に頼らない商品作りに着手。

自前の物流網と製造部門、そして需要予測システムなど独自の経営モデルを作った。

田代氏は先代社長の娘婿で、システム会社の出身。

スーパーでは売り場づくりを最優先とするケースが多いが、同社は「仕入れ」。


ニトリもそうだが、小売りの実力企業は物流とそれを支える情報システムへの投資を手厚くし、ムリ・ムラ・ムダのない調達・販売体制を最大の武器とする。

売れ筋を発掘するマーケティングは水もので、基礎的な流通力がなければ競争の土俵には立てないとの思想だ。


なぜ地方で流通革命が起きるのか。

流通産業に詳しい法政大学の矢作敏行教授は「日本は地域性が強く、場の特性がある。これが独自の企業を育てる風土になっている」と指摘する。


新潟が本拠のホームセンター、コメリはその代表例だ。

商圏は狭く、商品回転率の低い園芸用品や金物を主力品としながらも、農家の圧倒的な支持を受けてすでに全国で千店舗を超えた。

金物の産地の新潟県三条市が発祥の地のため、独自商品を作りやすかったのは確かだが、厳しい市場環境でももうかる運営ノウハウを編み出した。

今やJAの代替機能もこなし「農家のコンビニエンスストア」という代名詞を持つ。


世界に目を向けても、地方発企業の活躍が目立つ。

代表が米ウォルマート・ストアーズ。

仕入れもままならない地方都市のアーカンソー州で創業、人口数千人の小都市で商売を展開してきたことが今のグローバル経営の礎になった。

ハンディが企業革新を生むことは古今東西変わりない。  (編集委員 中村直文)


上記は12月18日の日経新聞「イノベーション」より引用いたしました。


現状を否定するところからの発想がイノベーションを誘発するということだと思います、弱点を逆に活かして強みとするのは当に成功の法則そのものですね。


今日は以上です。