内田良平という明治の志士とも言うべき人物が大国ロシアをどの様に見ていたのか、そして「露西亜論」において革命運動を必然とする見方を葦津珍彦氏の「武士道(戦闘者の精神)」から前回10月2日
の続きで見ていきます。
以下、葦津珍彦氏の「武士道(戦闘者の精神)」より
「露西亜論」の著者は、ロシア帝国の経済、産業、皇室、内政、外交、宗教、教育、社会、植民経営等の各般の情勢を論じているが、著者の見解によれば、ロシア帝国は表面的には強力偉大なる外観を呈しているが、その内面においては、革命亡国の運命をまぬかれない実情にある。
帝政は、人民の自由権利を抑圧して、暴戻なる軍国主義政策に終始している。
人民は貧困に苦しみ自由を奪われ、悲惨をきわめている。
著者は、かくしてロシア学生の革命運動に期待をかける。
我赤門の没骨漢が、政府の模型の為めに適然鋳成(てきぜんちゅうせい)せらるゝ間に、彼等が独立心、健闘力の旺々として盛なるは、豈(あに)欣慕すべき所にあらずや、若し蛮的なる露国にして、尚ほ元気と進歩の分子を有すとせば、其分子は唯僅かに彼れ学生の一団あるのみ(「露西亜論」)。
と論じ、当時の日本の大学生が一身の官僚的出世主義に汲々たるを慨し、ロシアの学生が、革命運動に熱心なるを称揚している。
しかしながら、ロシア学生運動の大きな弱点は、無知な人民大衆との間に、しっかりとした結びつきをもたない点にある。
学生インテリゲンツィアの運動が、いかに熱情的献身的であればとて、大衆から孤立した少数者の運動であるかぎりは、大露西亜国を動かすにはたらない。
著者は、この孤立の弱みを指摘して、革命は必然の数であるとしても、前途、なお遼遠の感あることをも論じている。
要するに学生が、従来歩み来れる革命の行路は、前程猶ほ遼遠にして日暮るゝの憂あり、彼等の声は其国の大なるに比しては、余りに小なるを覚ふ、去れど彼等は、今や屈強なる労働者中に幾分の味方を得、紳士、商人、資本家、学者、工業者、官吏軍人も多少之に対して同情を寄するの傾向を来せり。
当面必ずしも一点の微光を認めざるにあらず、聊か以て希望を嘱するに足るとせんか(前掲書)。
として、学生の革命運動が〝労働者〟の間に伸びてきたことに注目し期待している。
けれども革命運動に対する帝政政府の弾圧的権力は、すこぶる強大である。
上記は葦津珍彦氏の「武士道(戦闘者の精神)」より引用いたしました。
内田良平のロシアに対する的を得た見方から革命の必然を予見しているのは見事な分析力だと思います、内田が「露西亜論」で強調したかったことは何なのかを探ることが出来れば明治の志士としての内田良平という人物像が見えて来るように感じています。
今日は以上です。