人間、思い違いや逆上(のぼ)せ過ぎによる思い上がりというものが些細なことを非常に大きな問題にさせてしまうものですね。


それでは半藤一利氏の「昭和史1926―1945」から前回10月23日の続きを見ていきます。

以下、半藤一利氏の「昭和史1926―1945」より


二人だけの喧嘩で終わればよかったのですが、大阪の陸軍第八連隊は「何をオマワリのごときが馬鹿げたことをやるか、けしからん」といきり立ち、大阪府警察部のほうも「交通信号を守らないとはとんでもない、陸軍だろうが軍人だろうが関係ない」


と縣忍(あがたしのぶ)大阪府知事も粟屋仙吉警察部長も「陸軍の横暴である」と頑として抗議をつっぱねました。


かくて陸軍対大阪府警察部の大喧嘩に発展したものです。


困ったことに、陸軍第八連隊の上の第四師団の井関隆昌参謀長がどうにもならないガンコオヤジで、もう少し融通のきく人ならよかったのですが、一歩も引かない。

署長も知事も謝りに来い、それ以外は絶対に許さんと譲りません。


一方、受けて立つ粟屋警察部長は厳正なるクリスチャンで、このような横暴に対してはものすごくしっかりした精神の持ち主で、互いにどうにもおさまりません。


この互いの言い分を少し引きますと、


粟屋「軍人といえども私人として街頭に出た場合は一市民として巡査の命令に従うべきだ」


井関「軍人はいつでも陛下の軍人であり、街頭においても治外法権の存在である」

粟屋「それは謬見(誤った考え方)に過ぎない。

修正すべきである。

さもなければ今後、警察官としての公務執行ができなくなる」


つまり、お前たちが命令を守らないと治安を守れないじゃないか、というわけで、警察側は何であろうと一歩も引かないと頑張る。


軍部の方も「統帥権」や「皇軍」意識を振り回し、つまり自分たちは天皇の軍隊であって国民の軍隊ではない、従って天皇のために尽くす軍隊に対して国民ががたがた言うのは間違っているなどと主張して、


「われらはここに光輝ある軍規を奉じ、皇軍の名誉のために断々乎(だんだんこ)として戦い、最悪の場合はただ玉砕するのみである」


とまで井関大佐が言うわけです。


上記は半藤一利氏の「昭和史1926―1945」より引用いたしました。

今日は以上です。