昨日の続きで不安をもう少しみていこうと思います。


不安と言うだけでは漠然としたイメージで解り難いこともありますので不安を分類できる範囲で考えてみますと先ず健康に対する不安、次に経済面に対する不安、最後に自己実現というか、自分自身の存在証明、もっと解りやすくいうなら生き甲斐に対する不安という三つに区分できるのではないでしょうか。



高齢化問題や成人病、ストレスやフラストレーションから来る病気なども含めた健康不安というのは誰しもが程度の差、こそあれ感じるところだ、と思います。


また今日の様な経済不況の時代であれば尚更、雇用不安が即、経済的な不安に直結し、サラリーマンであれば今までは雇用は維持されるとこと、給与も上がることが前提とされていましたが、今の時代はこのようなことは望みづらい状況であることは春闘などを見ても明らかなところです。


また雇用状況が改善されないと企業業績に跳ね返って景況感の悪化となり社会的弱者や収入が限定される高齢者を直撃することになり、経済的な意味で不安を感じさせます。


健康不安や経済不安などから自身の存在への不安感を助長するというのはよくあるケースとも言えるのではと思います。

ただ、こうした健康不安や経済不安とは関係なく「生き甲斐」という言葉が相応しいかどうかは別にして「疎外感」を感じるものがあれば当に時代的社会的要因とひとりの人間の生活に「生き甲斐」という活力が関係している様に思います。


一番難しいことはこの「疎外感」と「生き甲斐」をどう捉えるかで本来の生き方としての生活に活力をもたらす事が出来るか、だと考えています。


この次は先ず健康不安からその対応としてのカタチをイメージしてみたいと思っています。



以上です。