土、日雑感の日曜日、葦津珍彦氏の「武士道(戦闘者の精神)」の曜日です。


いつも日曜日に思うのは果たしてこの「武士道(戦闘者の精神)」を楽しみにしている読者ってどのくらいおられるのだろうという興味は正直あります。



最初この武士道というものを取り上げる時、確かに迷いもありこんなテーマで読んでもらえるのかという不安は大きいものがありましたが書いていくうちに私自身も何とか腰が据わってきたように感じています。



今も昔も人間というより人という言い方の方が相応しいと思いますが、どれだけ己の価値観を共有できる人を得るか時は移ろってもこの思いは変わらない様に思います、「思い」新たに「思い」通じるということも言い換えれば今風のテーマであると考えます。



それでは葦津珍彦氏の武士道「戦闘者の精神」を引用転載させていただきます。 

この本は昭和44年に初刷されています。


以下、本文


主従の関係が、感嘆すべき忠誠をもって結ばれたのは木村重成の場合であろう。

重成のつぎのような話は、そのもっとも典型的な一例といいえよう。

これは重成が武功をたて、秀頼から感状を授けられたのを辞退したときのことを書いたものである。



“御感状の儀、しいて重成には御無用なり、これは自然他主へ仕え申すときか、または子孫にいたりて、その高名の御感状をもって武士の面目と仕ることなり、重成においては二君に仕え申すべき様なし。



また重成が子孫如何で御見放下さるべきことにあらず、重成は君へ御奉公仕るはずのものにて、忠戦仕るがきわまりたることにて珍しからず。

君が御運開かれなば、重成も共に武運に栄えて過分の俸禄に誇り申すべし。



もし御運つきさせ給い、御生害のときは、重成腹かき切って黄泉の御供仕り、冥途までも君に仰ぎ、臣に従えられて御奉公仕る重成なり。

しからば御褒美頂戴仕るべき道理これなく候と、涙ながらに返上しける。”と。



私はこの重成の主君に対する限りない信頼と忠誠の情に感動する。

それは後世の道学者流の謹慎型の、形骸化した忠義論ではない。



「重成が子孫如何で御見放下さるべきことにあらず」とみずから断定し、「重成も共に武運に栄えて過分の俸禄に誇り申すべし」といいきったところに、私は主君を心の底から信じきった者の自然の情を感ずる。



これこそが、君臣水魚の交わりと称すべきものであろう。

そこには君臣の間に寸分の心のへだたりもない。


上記は葦津珍彦氏の武士道「戦闘者の精神」から引用転載いたしました。


ここまで「思い」を信頼と忠誠の情に込められるのは通ずる「思い」を日常の生き方から育んできたからこそと思われます。

今の時代もちろん武士は存在しませんが「思い」を生き方から育むことは出来るものと考えます。



以上です。