いつも土曜日には何を書くか本当に悩んでしまいます。


日々の思い、って雑感はあってもそれを題材にして小文でも書けたら苦労しませんが毎週のことなのに何とかしないと、と思っていたら今度テレビで城山三郎の「落日燃ゆ」がドラマ化されるのですね。



「落日燃ゆ」は私が若いときに読んだ本で思いいれもあり、主人公の広田弘毅は東京裁判で唯一、文官でA級戦犯として処刑されましたが私はここでその無罪、有罪を論じるつもりは毛頭ありません。


この場を借りて私に言わせて貰えるなら城山三郎という作家を知った上でよければこの「落日燃ゆ」を読んでいただけたらということです。



もちろん、今度のテレビドラマを見ていただいても結構です、広田弘毅という人物を知ってもらえれば当に“落日燃ゆ”という本を城山三郎がどういう意図を持って書いたかを解ってもらえると思います。


作家、城山三郎についてはファンの方も多く、その作品を読まれた方もおられるでしょうし「落日燃ゆ」も読まれた方は多いと思いますが、テレビドラマ化を機に読み返されてみても得るところがある様にも思います。



城山三郎氏は2007年3月に亡くなりましたが、もし存命であれば今の経済危機に対して経済小説という分野を開拓した人としてどんなメッセージを出すのか興味があります。


以下に亡くなる前年に読売新聞のインタビューに答えていますので引用させていただきます。


建前と現実の違いを追求 作家から

日本のためと志願して入った軍隊はひどい所で、殴る蹴(け)るの毎日。

戦争末期には敵艦の上陸に備え、水中特攻の訓練をさせられた。

建前と現実の違いのひどさ、組織と人間の関係を考えさせられた。


戦後、経済小説からスタートしたのは、企業社会でも、上に立つ人間の都合で同様の建前と現実の食い違いが起きると考えたから。


当時、日本の小説といえば、恋愛や個人の病を描くものが主流。

でも僕は一番書きたい組織と人間というテーマを追究した。女っ気がない小説では食えないといわれたけれど、アメリカのスタインベックやヘミングウェーも、大きな意味で組織と人間がテーマで日本の私小説のほうが特殊。


自分が信じる方向でいいんだと思った。


一番思い入れがある作品は、取材に苦労した『落日燃ゆ』でしょうか。

日本の運命とかかわる形で平和主義を貫いた外交官の話を知ってその人生を、組織と人間の延長線上で捕らえたくなった。

しかし遺族に話を聞こうとしたら、最初は故人の遺言で話せないと拒まれた。


結局、戦時中近くにいなかったらしい息子さんに対面して質問、別室にいる娘さんに戦争前後の彼のことを聞いてもらう伝言形式の取材を何日も繰り返した。


ほかにもいろんな人を描いたけれど、経済人がモラルを問われる最近の事件には卑しさがある。

生きる美学を感じないですね。


長年作家をやってきて人間ほど面白いものはないと思う。

食うことにも困らず、ずっと走ってこられたのは、本好きの国民が多い日本の読者のお陰と感謝しています。(談)