今週は何か、ようやく週末と言う感じですね。


いよいよ最終コーナーに差し掛かった伊藤 肇「喜怒哀楽の人間学」です。

今回も皆さんと一緒に見ていきましょう。(この本は昭和53年に書かれています)


以下、本文


中国史における典型的な幕賓は魏の文侯の幕賓だった李克であろう

文侯が魏の宰相を決めねばならぬことになった。


魏成(ぎせい)と翟璜(てっこう)の二人の候補者がいるが、どちらにするかという決断がどうしてもつかない。

文侯は迷いに迷ったあげく、李克に下問した。


「先生、嘗て寡人(かじん)に教う。

『家貧しくしては良妻を思い、国乱れては良相を思う』と。今、相(しょう)とせんとするところは、魏成にあらざれば翟璜なり。ニ子は如何」と。


「先生はかって

『家が窮乏したときには、家政のきりもりをうまくやって家を治めてくれる、しっかりものの妻はいないものか、と考え、国が乱れて、民が塗炭の苦しみに陥った時には、うまく、政治をやってくれる立派な宰相がほしい、と思うものだ』


と、私に教えられましたが、世はまさに戦国乱世の時代に突入しました。この国家非常の時に当って、よき宰相を得ざれば、わが魏国危うしと考え、日夜、肝胆を砕いた結果、ようやく、魏成と翟璜との二人に的がしぼられました。


だが、何れを宰相とすべきかについて、どうしても自分の考えがまとまりません。

何とか、先生の御助言を頂きたい」


一国の宰相を誰にするか、という最高人事である。軽々には答えられない。


「それはあくまで文侯おんみずからの決断に俟(ま)つべき問題であります。拙者が口をさしはさむ余地はござらん」とつっぱねる。


だが、文侯、よほど困っていたのだろう。

「先生、そこを曲げて何とか‥‥‥」と再三、くいさがる。


文侯にこうまでいわれては、無碍(むげ)に断るわけにもいかない。

しばらく考えていた李克は「しからば、宰相たるの条件を五つお教え申す」といって、


居てはこの親しむところをみ富みてはその与うるところをみ達してはその挙ぐるところをみ窮してはその為さざるところをみ貧にしてはその取らざるところをみる。

五つのものをもってこれを定むるに足る」


と答える。



以上、明日に続けます。