昨日は日経平均が400円ばかり下げ、前週末の米雇用統計で失業率の上昇が確認され、改めて実体経済悪化への懸念が強まり、円が買われドル安が進行したことも影響し輸出関連株が売られ日経平均は8500円を下回りました。
今日、私がこのブログで書こうというのは何もこれからの株式市場について予測をしようとか分析しようという事ではありません。
景気実態は不況と言うより不安や危機に近い現状であり、政治状況は与野党ともに党利党略に明け暮れて閉塞感と言う言葉が独り歩きしてコップの中の嵐というべき政局を作り出しています。
本当に政治も経済も生活者としての国民のことを考えられる経世済民が新しい構想として提示されるべきだと思いますが、詭弁だけが罷り通っていると感じるのは私だけでしょうか。
さて前振りはこの辺にして本題と言うか今日のタイトルは“新しい構想が必要な時”ですね、このタイトルにさせてもらったのはこの様な状況下で子供の頃に聞いた独特のダミ声と今で言う問題発言や言い回しの政治家で首相経験者を思い出しました。
こう言えば年配の方はああ、あの人だなと気づかれた方もおられると思います。
そうです池田隼人氏です。
「貧乏人は麦を食え」「私はウソは申しません」「働くということは傍の者を楽にさせること」などで有名ですが、所得倍増論と言えばもっと有名で日本の戦後復興から成長へ舵を切ったまさに経世済民としての政策を掲げた政治家です。
そしてこの政治家の所得倍増論の原案となったのが大蔵官僚出身のエコノミスト下村治氏です。
下村 治氏と池田隼人氏の関係と経済成長については去年NHKで「その時歴史が動いた」で取り上げられています。
以下はその引用
昭和35年「10年で月給が倍になる」のキャッチフレーズで、総理大臣・池田勇人が打ち出した「国民所得倍増計画」。この計画の生みの親が大蔵省出身のエコノミスト下村治である。下村は貧しいがゆえに日本人は戦争へ突き進んでしまったとの歴史観から、貧困からの脱却を己の使命とする。しかし朝鮮特需によって戦後復興は進んだものの、依然として国民の多くは貧しく、経済官僚や学者たちの間でも先行きに悲観論ばかりが渦巻いていた。
そこに下村は画期的な経済成長論で風穴を開ける。「日本経済は美しい白鳥となる可能性を秘めている」。下村が見抜いたのは技術革新、すなわち新しいモノを生み出そうとする日本人の潜在能力だった。
やがてその先見性は池田総理のもと、所得倍増計画として結実。計画は順調に進むかに見えた。ところが目標達成の土壇場で日本経済が失速する。その時下村が訴えたのは、戦後誰一人手を出さなかった禁断の経済政策だった。
番組では、日本人が貧しさのどん底から世界第2位の経済大国へはい上がる原動力となった所得倍増計画。その知られざる舞台裏を下村の生前の証言などからドキュメントする。
以上ですが、今の時代こそ池田隼人氏や下村 治氏の様な経世済民としての新たな構想が求められるのではないでしょうか。