今日も昨日の続きで伊藤 肇の「喜怒哀楽の人間学」です。
今日の内容は見方によっては面白い話になると思いますが、まあー、読んでみてください。(この本は昭和53年に書かれています)
以下、本文
「鶏鳴狗盗」の故事で知られている斎の孟嘗君のもとへ馮諼(ふうけん)という人物が幕賓として自らを売り込んできた。
いわば「押しかけ幕賓」である。
「その客人は何がお好きか」と孟嘗君がきくと「さあ」という返事
「では、何がおできになる」といえば「別にこれといって‥‥‥」と煮えきらない。
しかし、孟嘗君は「いいでしょう」といって、ひき受けた。
孟嘗君の「幕賓」は三段階にわけられ、上客は肉料理、主客は魚料理、下客は野菜料理となっていた。
とりえのない馮諼は、当然、最下級の「野菜料理の部」へほり込まれた。
三等幕賓になってしばらくすると、馮諼は長鋏<長刀>の柄を按(あん)じながら唄った。 「長鋏よ。帰ろうか。食うに魚なし」
側近がそれを孟嘗君に報告すると、「一級あげて、魚料理の部へ入れろ」と命じた。
ところが、ニ、三日たつと、また馮諼が唄い出した。
「長鋏よ、帰ろうか、出ずるに車なし」
車がつくのは最上級の幕賓である。仕方がない、車をつけた。
すると、今度は「長鋏よ、帰ろうか。もって家を治むるなし」と唄った。
側近たちは「とどまることをしらぬ奴、図々しいにも程がある」と怒ったが、孟嘗君は「まあ、まあ」となだめ、改めて、馮諼をよんできいた。
「馮公には親ごがおありか」 「老母がひとりおります」
早速、人をやって、食物や衣料を届けさせると、馮諼はもう唄わなくなった。
そんな経緯(いきさつ)があって間もなく、孟嘗君が「会計に明るく、しかも貸金のとりたてのうまい人物」を幕賓の中から募ると、まっさきに馮諼がすすみ出た。
民に貸しつけた金がこげついたのを取り立てるのだから、あまり楽しいことではないし、大丈夫たる者のやる仕事としてはパッとしない。
だから、馮諼が名のり出た時には、他の幕賓たちは<何て、バカなことを、この男は気負い込んで買ってでたんだろう>という顔をした。
しかし、そんなことにはお構いなく、民たちの借金の証文である割符を積み終えてから馮諼がきいた。
「すっかり、借金をとりたてましたら、それで何を買って参りますか」
孟嘗君は「うん」といって、しばらく考えていたが、やがてこういった。
「ここにないものを買ってきて頂こうか」
「わかり申した」と馮諼は取りたて地の薛(せつ)の地へ急行すると、直ちに役人に命じて、債務者全員を集合させ、ひとつひとつ、証文の割符を合わせると、やおら、立ち上がって、「貸しつけ金は全部帳消しにする」と宣言し、割符を悉く火中に投じた。
薛の民は「孟嘗君、万歳!」と唱えて狂喜した。
そうしておいて、馮諼は、すぐさま故国、斎にたち帰った。
あまりにも早い帰国に孟嘗君が驚き、「全部、とりたててくれたのでしょうな」ときくと「のこらず、とりたてました」という。
「それで何を買ってこられたのか」とたたみかけると
「出立にあたって、おうちにないものを、といわれたので、頭をひねりました。
私がひそかに見まするに、殿の宮中には珍しい宝がいっぱい、美人は後宮にひしめき、千里の名馬も厩に満ち満ちている有様なので、これといって買ってくるものはございません。
だが、よくよく考えてみますと、『義』の一字だけがありませんので、その『義』を買って参りました」
馮諼の真意をはかりかねた孟嘗君が「義を買うとはどういうことなのか」と聞き直すと
「いま、殿には、ちっぽけな薛しか領地がおありにならぬのに、その領民を赤子(せきし)としてかわいがりもせず、まるで高利貸のように金を貸しつけて、利を貪ろうとなさる。
だから、私は貸しつけ金を全部パーにして領民たちにくれてやりました。
領民たちは踊りあがって喜び、殿の万歳を叫びました、これが殿のために『義』を買った、ということです」と答えた。
はたして、その言葉通り、孟嘗君は、その後、薛公となり、地位を全うして薛で一生を終わった。
また、こんなこともあった。
孟嘗君が苦境に陥り、三千といわれた幕賓たちが一人のこらず逃げてしまったとき、馮諼だけは側を離れず、八方、画策して、孟嘗君をもとの位にもどした。
そして、一時、孟嘗君を見限った連中がもどってくる時は快く迎えることをすすめた。
「幕賓」の「幕賓」たるゆえんは、この見識である。
以上です。