昨日は“何のためにブログをかいているのか”というタイトルで今、私自身の思いを書かせていただいたところ、いろいろと共感やアドバイスをいただき本当に感謝しております。
ありがとうございます。
良ければこれからもアドバイスをよろしくお願い致します。
もう少し様子を見てアメブロにも確認したうえで対応を決める予定にしています。
さて、今日は土曜日なのでいつもの様に伊藤 肇の「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒に見ていきましょう。(この本は昭和53年に書かれています)
前回9日の“編集長の心得 ”の続きになります。(前回の内容が参照できます)
以下、本文
思わず、ドキンとした。まっさきに記者の担当部署の再編成をやろうと、すでに腹案までつくりあげていたからだ。
しかし、それはひっ込めて、師のいわれる通りにしようとうなずいたら、次にこういわれた。
「部下を完全掌握しておらねば、いい編集ができるわけがない。そのために二つ守らねばならぬことがある。一つは、編集長の仕事の大部分は部下の経済生活の面倒をみる、ということである。も一つは、その部下に愛情を感ずるまでは、彼の書いた原稿を批判してはならない」
これは二つとも、よくのみ込めた。
実際、部下の冠婚葬祭や病気入院した時の費用あるいは、おでん屋のつけなどをこまめに消化してやらぬと、部下を思いきって働かせられない。
また、気持ちの通じている部下の原稿は、かなり厳しく批判しても、それはお互いのわだかまりにはならないが、愛情を感じていない部下は、ちょっとした小言(こごと)でもこたえてしまう。だから、むしろ、ほめて使うべきである。
「よく、わかりました。ありがとうございました」といって、ひき下がろうとしたら、今度は師がきかれた。
「君は、何年、編集長をやるつもりかネ」<出処進退を問われたな>と直感して答えようとしたら、「編集長というのは全力投球したら、何年が限度かね」といい直された。
内心、五年ぐらいはやる腹づもりでいたが、大変な激職だから、もし、良心的に精魂を傾けてやったら、せいぜい三年が限界である。
それ以上やったら、マンネリ化してしまうか、体のほうが参ってしまうかのどちらかである。
まさか、師にウソはいえないから、正直に「三年です」と口ごもったら、「では、二年でひきなさい」とピシッとした調子でいわれた。
そして「任期を一年あまして座を降りるということは、よほどの人間的自信がなければできない業だよ」とつけ加えられた。
以上、明日に続きます。