今日はいつもの土、日雑感です。

この土、日は何か私自身素直になれる様に感じるのも不思議なものです。


それでは今日も伊藤 肇「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒に見ていきましょう。(この本は昭和53年に書かれています)

前回、9月14日の「聰明才弁」 で、もちろん牛尾とて例外ではなかった。の続きになります。(良ければ目を通していただければ幸いです)


今回は以下、本文


得意満面、肩で風をきっていた牛尾治朗がJCのメンバーだった秋保盛一から「ぜひに」と頼み込まれて、社外重役に就任した東邦産業が倒産した。

おそらく、牛尾以外の名もなき経営者だったら、ベタの追い込み記事にすらならなかったであろう。しかも、社外重役に名をつらねただけのことだから、責任がないといえばいえないこともない。


だが、牛尾治朗なるが故にマスコミは、それを許さなかった。

ジャーナリズムは両刃(もろば)の剣である。つい先ほどまで、絶賛しつづけた舌の根もかわかぬうちに臆面もなく、猛烈な牛尾批判に転じたのである。


思いもかけなかったことだけに牛尾は傷つき、うめいた。

生まれてはじめての挫折だった。七転八倒したあげく、辿りついた結論は<自分の挫折感を見つめる時間がほしい>ということだった。

打ちのめされた自分をつき放し、冷酷に凝視することによって、自分をふるいたたせたかった。


心の傷をいだいたまま、牛尾はヨーロッパへ飛んだ。「喪家(そうか)の狗(いぬ)」の如き孤独の寂寥のなかで開いた本の一節が心の襞(ひだ)にやきついた。


「ストア哲学者のヘカートンが『私がいかなる進歩をとげたというのか、それは私が自分自身に対して、友となりはじめたということである』

といったのを聞いたセネカが『それはたいした進歩だ。彼は絶対に孤独ではない。こういう人は万人のためにも友であると知らねばならぬ』と答えた」


ショーペンハウエル<独・哲学者>は「孤独はすべてのすぐれた人物に課せられた運命である」と喝破しているが、その孤独の中にあって、悠々と自己との対話が楽しめるようになれたら、それは大変な人物であろう。



以上、明日に続きます。