越中富山の薬売りのことはご存知の方も多いかと思いますが、今回はこのビジネスモデルを考える記事を見つけましたので紹介させていただきます。
ある金融誌に掲載された地域金融マーケティング研究会、客員研究員(北陸銀行) 中島 和彦氏の記事です。
以下、本文
「越中富山の薬売りとOne to Oneマーケティングの意外な関係」
懸場帳をもとにしたアドバイス
筆者の所属する北陸銀行の地盤である富山では、昔から薬売りが有名である。
その起源は、富山藩二代目藩主前田正甫(まさとし)公の時代に、江戸城で急病になった大名を薬で救い、各大名から薬の販売を頼まれたこととされている。
では、なぜこのビジネスモデルが現在まで営々と続いてきたのか。
富山売薬の発展、存続の大きな要因の一つとしてあげられるのは、「先用後利」というシステムである。
当時の経済状況下では、いつ使うことになるかわからない多くの薬を買って常備しておけるほど余裕がある人はわずかだった。
そのため、売薬では、預けた商品を先に利用してもらい、代金は後払いという、いまの委託販売やクレジット販売に似た販売手法を用いた。
顧客にしてみればすぐに現金を払う必要がないため、その便利さが重宝がられた。
しかし、富山の薬売りが顧客の支持をつかんできた理由はこれだけではない。
「売薬さん」は、「懸場帳」といわれるものを使って、庶民の健康維持を底辺から支えてきたのである。
売薬さんは、懸場帳に得意先の名前、住所、配置した薬、売掛金の残、家族構成や病気などを記入して、現在でいう「データベース」を作成。それに基づき、それぞれの家庭にあった薬を配置したり、健康アドバイスをしたりすることで、顧客との信頼関係を構築していったのである。
実は、この富山の薬売りは、マーケティングの新手法「One to Oneマーケティング」と深いかかわりがあるといわれている。
以上
明日、明後日とこの記事を紹介していきます。