人間の心理というのは不思議なもので惹かれながら反発を感じたり、逆に反発を感じながら惹かれるというのは上司と部下の関係ではよく見られるケースですが、こういう間から真の師弟関係ができることもあります。
今日も伊藤 肇の「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒に見ていこうと思いますが、この辺りの事情を見ていきます。(この本は昭和53年に書かれています)
良ければ昨日のブログも併せて見てもらえれば昨日と今日の文章のつながりが分り易いと思います。
以下、本文
そういう生意気を絵に描いたような時代だったから、安岡正篤に私淑しながらも、だんだん安岡批判が昂じてきて、こともあろうに、ある雑誌に思い上がった一文を書きなぐった。
思い出しても冷汗が出るが、要は、知行合一を説く陽明学者の安岡正篤は偉そうなことばかりいっても行動が何もないじゃないか、ということだった。
安岡正篤は、一部の政治家のように自分で行動を説明したり、宣伝したり、ということは一切しないから、いくら一線のジャーナリストでございと威張っていても、その行動の軌跡は全くつかめないのだ。
にもかかわらず、「盲(めくら)、蛇に怖じず」のたとえで、自分の無能は棚上げにして、「バートランド・ラッセル<英・哲学者にして数学者>は、その時代の政治的問題に嘴(くちばし)を入れるのはもちろん、体の動きを必要とする『運動』にも積極的に参加した。
それも国内的ばかりでなく、国際的な活動を続けてきたので、九十歳の高齢でトラファルガー・スクエアの核実験反対デモに夫婦で加わって拘留されたりした。
イギリスの学者は哲学者でも、社会学者でも、経済学者でも、頭の中だけの仕事に文字通り没頭するようなことはしないで、ラッセルのように、老人になっても、デモに加わったりするほどの行動力をもっているのだ」ときめつけたのである。
全く、われながら鼻もちならぬ文章だと思う。
雑誌が出て二週間ほどしたら、さる友人から「安岡先生がお前に会いたいといっておられるがどうか」といってきた。
まさか、支離滅裂のやっつけ原稿が天下の碩学の眼にとまろうなどとは夢にも思っていなかっただけに愕然とし、周章狼狽した。だが、その反面、<安岡正篤、何するものぞ!会ったら一刀両断だ>とピント外れの気負いをもったことも事実である。
以上です。