今日は一冊の本との出会いの件が語られています。

本との出会い人との出会いにつながっていけばそれはその人にとって幸運といえるものでしょう。


昨日に引き続いて伊藤 肇の「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒に見ていきたいと思います。(この本は昭和53年に書かれています)


『世界の旅』の戦慄と恍惚


筆者(伊藤 肇)の経験を書いてみたい。

わが師、安岡正篤との出会いは『世界の旅』という一冊の本であった。

旧満州国立建国大学の学生時代で、日曜の外出に本屋へ立寄り、何気なく手にとった本だったが、寮の自習室でそれを開いた時の驚愕と喜びは今でも、そのまま甦ってくる。


「驚愕」というのは、あの日独伊枢軸同盟のナチス全盛時代に痛烈にヒトラーやムッソリーニを批判していることだった。

何しろ、学内にまで憲兵が入ってきた時代だけに禁断の木の実を齧(かじ)ったような恍惚と戦慄を覚えたたとえばこんな箇所である。


□ ヒトラーが久しく提唱してきた「一民族、一国家、一総統」主義は彼自らの手によって破棄され、チェック民族を併合した。彼はチェック民族とゲルマン民族の不可分の関係を論じているが、それは弁解であって、彼が従来の主義を破ったことは、何としても否めない。

このため、周辺の小国は俄然、色めきたち、英仏は極度に緊張し、欧州大乱は決定的となった。これはヒトラーのために上策ではなかった。


□ 精神分析学の大家、ウイルヘルム・ステケルは「ムッソリーニの権勢欲と歴史的人物たらんとする欲望は、父に対する愛と憎しみとの双極的性癖からでている」と説いている。

そういう性癖を心配した母は宗教学校に入れたが、喧嘩ばかりしていて、「お前の魂は地獄のようにまっ黒だ。懺悔せよ。でないと追放する」

と終始、教師から叱責された。


後年、彼は「俺の生涯で、誰が俺にやさしくしてくれた者があったろうか。誰もいはしない。家は目もあてられぬほど貧しく、俺の生活は惨苦だった。どこで俺はやさしさを覚えたか。学校でも、世の中でも覚えはしなかった。俺がむっつり淋しく、きつくて烈しいのは当然だ」と人に述懐したそうである。


こういう厳しい時局批判や人物論の奔流の合間に、それこそ微風が竪琴に戯れるような一節がひょいと出てくる。

それが身にしみて「読書の喜び」を覚えさせた。



今日は以上ですが何か時空に迷い込んだみたいな感じがしますね、しかし当時の状況が少しは嗅ぎとれるようにも思います。