人間とは不思議なもので誰しも覚えがあると思いますが、その人が居ると居ないでは場の雰囲気が違ったり、妙に安心感があったりすることって経験したことがあると思いますが今日はそういう話です。


いつもの様に伊藤 肇「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒に見ていきましょう。(この本は昭和53年に書かれています)



阪急電鉄相談役の清水 雅が「一人の力で事業が成功することは絶対にない。一人の力が他人の協力を得たとき、はじめて事業は成功する。

そして、協力を得られるのは、鋭さではなくて人格の力である」といいきり、ドラッカーも「経営者がなさねばならぬ仕事は学ぶことができる。しかし、経営者が学び得ないが、どうしても身につけていなければならない資格が一つある。それは天才的な才能ではなくて、実にその人の品性である」と断言している。


しかし、「魅力とは何か」と開き直ってみると、「いわく、いい難し」と答えるほかはない。


だが、「魅力がある」ということも厳然たる事実だし、「魅力がない」ということも厳然たる事実である。しかも、その魅力はつけ焼刃では絶対につかないことも厳然たる事実である。


ところが、この難しい「魅力」を明快に分析した学者がいる。明末の碩学、呂新吾で、その著『呻吟語』で次のように述べている。


深沈厚重(しんちんこうじゅう)ナルハ是レ第一等ノ資質。


磊落豪雄(らいらくごうゆう)ナルハ是レ第二等ノ資質。


聰明才弁(そうめいさいべん)ナルハ是レ第三等ノ資質。



以上です。