今日も伊藤 肇の「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒にみていこうと思いますが、普段はあまり人間とは、なんて考えませんがこの本を見ていくと改めて考えさせられます。 (この本は昭和53年に書かれています)
<日本楽器会長の川上源一は六十五歳で引退を決意した。
理由は「父が六十四歳で倒れたことにもよるが、それよりも、年とともに老化現象がでてきて、具体的に細かい仕事の中身までチェックする根気が薄らいで、大ざっぱなことしかやれなくなったことである。
そこで、何でもおいしく食べられ、酒もある程度のめ、ゴルフにいっても、まだ体が動き、肉体的条件が人生を楽しませてくれるのは七十歳までと一応決めた。
そういう体力が残っている間に人生の最後の休暇をあと五年間いただこうということだ。それから先、まだ体が丈夫だったら、もうけものである」ということだった。
事実、人は老いてくれば、老に従った仕事をすべきである。境遇も地位も変化するであろうし、老いてなお、壮年の真似をして欲望をもつのは愚というべきである。
ところが、P・F・ドラッカーはもっと痛烈な指摘をしている。
「停年の必要は実際のところ、年老いたということではない。主な理由は『若者たちに道をあけなければならない』ということである。でなければ若者たちは就職もしなければ定着もしない」>
名声への野望は賢者にとって断念すべき最後のものである。
フブリウス・ヌキトウス<古代ローマの歴史家>
<いかなる名僧といえども、最後の最後まで残るのは尊敬されたいという気持ちである。まして、一般の凡人は老年になると一段と欲が深くなる。特に名声と富のある者はそれを失うまいと焦る。
だが、どんなに焦っても、いつかは容赦なくやってくる死によって零となる。
これだけ明瞭にわかっているにもかかわらず、多くの人々が死の直前まで焦慮と欲望との虜となってあがくのである>
散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花は花なれ 人も人なれ
細川ガラシャ夫人の辞世
<たとえ万斛(ばんこく)の涙をのんでも散る時には散らねばならない。「散る」というほど深刻ではなくても、「去るべき時」に去らぬと、再びうかびあがるのは難しくなる。
時には清水の舞台から飛び降りるつもりでそのポストを去らねばならぬこともあろう。だが、身を捨ててこそ次のチャンスに浮かぶ瀬も到来しようというものである>
以上です。