昨日に引き続いての土、日雑感です。
伊藤 肇の「喜怒哀楽の人間学」ですが、この本のブログを始めてもうかなりの時間がたっています。
些か鼻につくという人もおられるかと思いますが、私の様にそこが何とも言えない魅力に感じる人間とハッキリと分かれると思います。このあたりがこの本と著者の特徴であると思います。(この本は昭和53年に書かれています)
それでは今日もよろしくお願いします。
『新平家物語』を完結し、子供たちの成長をみとどけたら、路地裏へひっこむね。そして、妻と二人で植木鉢に水をやったりして暮らすよ。それを考えると、今から心がうきうきしてくる。 吉川英治<作家>
<兵法家として功成り名を遂げた孫子が田舎にひっこんで余生を楽しんでいたとき、帝王の使者がきて、再度の出馬を乞うたが、孫子は、かぶりをふりながらことわった。
「人の世のふれあいには微妙なものがあります。ある時期には大いに有用であり、大いに役に立つ人物でも、その時期がすぎて次の時期にうつれば、もう用をなさないのです。まあ、たとえて申せば、四季の衣服みたいなものでしょう。春に春衣、夏に葛衣、秋には秋衣、冬には裘(かわごろも)と、この季節、季節にはそれがなくては用はなしません。
いかに高価で美しくても、夏の裘は困ります。どんなにうすく涼しげでも冬の葛衣は用にたちません。
ところが、四季は年々歳々確実にめぐってきますが、人の世は循環しません。今の私は世間を忘れたいし、世間からも忘れられたいのです。これからも、人間として生まれた以上、命のある限りは生きていかねばなりませんが、私の心境としては、できるだけ世間との接触を小さくして、自らの生をつなぐだけの接触に限りたいと思っているのです」>
実際、老人になって、わがまま一ついえぬようになったら、もうおしまいだ。老人になっても、わがままがいえ、わがままが通る間こそ花であって、それができなくなったら、一刻も早く出しゃばりをやめるべきだし、その地位もさっさとひきさがるがよろしい。
つまり、わがままこそが老人としての有用無用をたしかめるバロメーターみたいなもので、わがままをどうしてもひっ込めねばならなくなったら、いさぎよく自分自身もひっこめねばならぬ。
万一、ここで下手にまごつくと、せっかくの偉物と見られていた人物でも、「老いては駑馬に劣る」などと悪口をいわれることになる。
石坂泰三<元経団連会長>
<すでに亡いが、世紀のダム「黒四」を完成した前関西電力会長の太田垣士郎は主治医から「脳軟化の気がある」と告げられた翌日、一切の公職から徐々に身をひいていった。
人間は正常な時だって、時々、間違った判断をして後悔に臍をかむこと度々である。まして、いささかでも脳軟化の気があるとあっては、どんな失敗をやらかすかしれたものではない。
脳軟化の悲喜劇は自らが脳軟化であるかわからなくなることだ。太田垣はそれを心得ていて、見事な「退」を演じたのである>
今日は以上です。