人間誰しも思い悩んだり、迷ったりするものですが、そんな時に昨日、紹介した箴言、今日、これから紹介する箴言、どれでも一つでいいので自分が解りやすく一番ピッタリくるというのを覚えておけば必ず役に立つときがあります


それでは今日も伊藤 肇「喜怒哀楽の人間学」を皆さんとともに見ていきたいと思います。(この本は昭和53年に書かれています)



成功は幸福の中の一つの要素になり得る。しかし、もし、他のあらゆる要素が成功を獲得するために犠牲にされたとしたら、成功の値はあまりにも高価すぎる。

                          バートランド・ラッセル  『幸福論』


<世の中には成功のほかに人生の目的はない、とおもっているようなのがいる。特にエリート・コースを驀進してきた人間には、この観念が強い。だから、そういう人間が社長の地位につくと、その地位に執着しすぎて、その地位から去ることは、もう幸福がそれでおしまいになってしまうような錯覚に襲われて、必死にその地位にしがみつき、老醜をさらすことになる>



一種のスポーツとして成功を追求する者は健全である。

                              三木 清  『人生論ノート』


<成功を追求しすぎると、個人主義になり、自己顕示欲の強い男となり、非常な男となる。というのは、成功というものは、そのような素因の上に成立しているからである。このため、成功の追求のみにうきみをやつしている男は、ある意味において病的である。しかし、スポーツ的な気分で、勝つことを目標に成功を追求しているものは、そういう病的なものはない。そこにはスポーツマン的な明朗さがあり、たとい敗れても、そこには陰湿なジェラシーみたいなものは存在しない>



タフでなければ生きて行けない。

やさしくなければ生きている資格はない。

                               レイモンド・チャンドラー


<「プレイバック」の主人公、フィリップ・マーローは食うか食われるかの厳しい暗黒面をかいくぐって生きているロスの私立探偵である。そのマーローが一夜、ふと女を抱き、その女との別れぎわにたずねられる。


「あなたみたいなタフな男が、どうして、こんなにやさしくなれるの?」

これに対するマーローの答えであった。


人生は時に非常に徹するタフさがなければ生きていけない。しかし、タフに生きぬくために「情」とか「慈悲」とかいう人間のデリカシーを犠牲にしてはいけない。もともと、人生とは未解決の問題を背負って行きぬいてゆくことだが、この二律背反をいかにこなすかが、大事なところである。


東京電力社長の平岩外四の最も好きな言葉で、「これを東洋学では『小事は情をもって処し、大事は意をもって決す』ということになりますか」と解説している>



今日はここまでにします。


お疲れ様でした。