今日も昨日に引き続いての土、日雑感です。

いつもの様に伊藤 肇「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒に見ていこうと思います。(この本は昭和53年に書かれています)


6月21日、22日の中山素平と「耳順」がはじめになりますので、つながりが解り難い場合は上記のブログを参照して下さい。


「退」を好む者を挙ぐべし


第三の「いやがる正宗を二年ごしに口説いた」という台詞である。

中山と親しい経団連会長の土光敏夫は「社長というのは大変な役目だ。それを知ってか、知らずにか、『社長になりたい』などとぬかす奴の気が知れない。なりたくて仕様がない奴を社長にするものだから、いつも、あとでゴタゴタが起きる」といっているが、たしかにその通りだ。


ただし、現実の世界では、なかなか、土光のいう通りにはいかない。「理想論だ」ときめつける向もある。


ところが、朱子が編纂した帝王学の本『宋名臣言行録』の中でも「人ヲ挙グルニハ須(すべから)ク退ヲ好ム者ヲ挙グベシ」と明快に原則を規定しているし、実際に中山が、いやがる正宗を頭取に据えているのだ。


さらにこの原則に対する朱子のコメントがある


「退ヲ好ム者ハ廉謹(れんきん)<いさぎよく慎しみ深い>ニシテ恥ヲ知ル、モシ、之ヲ挙ゲナバ、志節イヨイヨ堅クシテ敗事アルコト少ナカラム。

奔競ノ者<スタンドプレイをやって猛烈に競争する者>ヲ挙グルコトナカレ。

奔競スル者ハ能(よ)ク曲ゲテ諂媚(てんび)<へつらい>ヲコトトシ、人ノ己ヲ知ランコトヲ求ム。

モシ、コレヲ挙グレバ、必ズ、能ク才ニ矜(ほこ)リ、利ヲ好ミ、累(わずらい)、挙官<その人物を推せんした官>ニマデ及ブコトモトヨリ少ナカラザラン。

ソノ人スデニ奔競ヲ解スレバ、マタ何ゾ挙グルヲ用イン」


奔競の人間とわかっていたなら、絶対にこれを抜擢してはならない、と戒めているわけだが、では「奔競の人」とは、どんな人物か。

まっさきに頭にうかぶのは自民党政調会長の中曽根康弘である


中曽根がかって経団連会長の石坂泰三を訪ねたことがある。もちろん、例によって大風呂敷をひろげた。

石坂はフンフンといいながらきいていたが、中曽根に喋るだけ喋らせると、とぼけた面でこういった。


「中曽根クン。君は龍の絵をしっているかネ。龍にはいつも雲が描き添えられているだろう。それは、雲を描かずして龍の躍動をうきぼりにすることはできないからだ。

したがって、雲は龍におけるベールであり、ペースであって、これを離れて龍の面目はあらわれ得ないのだ。

人間も龍と同じで、自分のペース、自分の雲に隠れきって、時々、雲間から、ほんのちょっぴり、角をみせ、顋(あぎと)をちらつかせ、胴体の片鱗をあらわすにとどめ、そこから抜けださぬのが一番の韜晦術というものだ。

それなのに君は、龍がふんどしまではずした恰好で、余計なむき出しかた、余計な暴れかたをしたがる。ほんとにバカげたことだよ」


さすがに自信過剰の中曽根も一言もなく退散した。

「言語明晰、頭脳不明晰」な男の長広舌にうんざりした石坂がピリッとわさびをきかせたのである。


もっとも中曽根は、このやりとりがよほど骨身にこたえたのか、毎日新聞の「ひと」欄<52・11・28>でインタビュアーから「あなたの欠点はどう?」ときかれて「ライトを浴びていたい、という気持ちが強すぎることでしょう」と答えている。

六十歳をすぎて、多少は自分の致命的欠陥がわかってきたのかもしれない。



以上です。


お疲れ様でした。