今日は普段、あまり気づかないことですが、そう言えばという記事が目に留まりましたので紹介したいと思います。
日経産業新聞に掲載されたものですが、Techno onlineというコラムで執筆者は工業調査会相談役 志村幸雄氏が書かれたものです。
横書きの浸透 文化が技術を阻む例も
十九世紀のドイツ哲学者ニーチェは、新しく商品化されたタイプライターを早速買い込み「僕たちの筆記具は僕たちの思想に影響を与える」と意味ありげに語った。
当時この種の道具は、人間にとって神聖な「書く」行為を冒瀆(ぼうとく)するものとして批判者(例えばハイデッカー)が多かったが、ニーチェはそんなことに頓着せず、誰よりも早く活用した。
現代の筆記手段であるパソコンのワードプロセッサー機能が「思想」の形成者の役割を果たしているかどうかは別として、その普及が「文字」にかかわる日本文化に少なからぬ影響を与えたことは否めない。
最たるものが「横書き文化」の浸透である。
日本の出版物は、もともと自然科学書のような専門書を除くと縦書きが主流で、読者も縦書きの文章を読むことに慣れ親しんできた。
それが近年では、ビジネス誌や白書類はもとより、国語辞典や文学作品にまで横書きが採用されている。ビジネス文書や会議資料に至っては、例外なく横書き化しているといって過言ではない。
日本で横書き化が認知されるようになったのは第二次大戦後のこと。しかし、横書きへのアレルギーは強く、役所などが「なるべく広い範囲にわたって横書きとする」といった通達を出しても、遅々として進まなかった。
一転して横書き化が加速したのは、ワープロの影響、それも横書きに打ち込んだ文章を当初は容易に縦変換できなかったことが大きい。
携帯電話の普及と並び、技術の進展が文化のスタイルに影響をもたらした格好の例といえる。
では、日本文の表記法がすべて横書き化するかといえば決してそうではない。
俳句や短歌は縦書き絶対護持派のようだし、その他の一般書や文芸書にも大きな変化は見られない。独特な文体が書かれるケータイ小説はともかく、一般の小説が横書き化してしまうと、想像力が衰えて、読書意欲もわかないとの説には、それなりの説得力がある。
同じ漢字国でも中国の新聞は横書き化しているが、日本の新聞は縦書きが主流。
「System」や「1030人」といった表記に出くわすと違和感を覚えるが、紙面構成や読者の慣れの問題など横書き化できない事情があるのだろう。
文化は時として技術の前に立ちはだかるのである。
※このコラムは当然、縦書きで書かれていますので「System」や「1030人」といった表記も横書きではありません。
そう言えばブログも縦書きのブログは見たことがありませんが、普通に新聞を読むときは縦書きの方が読みやすいですね。