今日は土曜日なので、いつもの様に伊藤 肇の「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒に見ていきましょう。(この本が書かれたのは昭和53年です)
初めての方は12日の土曜日の土、日雑感から見てもらえればわかり易いのではと思います。
ころし文句のエキス
□ 某銀行副頭取の手帳には、ころし文句のエキスが詰まっていた。
▼ 「あなたの過去はいいの。 でもネ、一つだけお願いがあるわ。あなたにとって、私を最後の女にしてほしいの」
▼ 「わたしがおもいきろうとすれば、あなたが未練を出すし、あなたが諦めようとなされば、わたしが諦めきれないし、一体、どうすればいいの」
▼ 「何時までも愛して下さいとはいわないわ。 でもネ、一生忘れられないような美しい面影を残して別れたいの。 せめて別れる時だけでも‥‥‥」
▼ 「薄情な人だか、やさしい人だか、すっかり、あたしを狂わせてしまった人‥‥‥さあ、あなたの存分にしてちょうだい。タフで薄情でかわいい人!」
ころし文句は懐剣である。 だから、それがさびついた陳腐なナイフだったり、やたらと人前で飛び出したがるナイフだったら興ざめだ。
つまり、無闇に何度も使ってはいけないということである。 会話の中に何くわぬ顔をして、さらりと挿入することによって、ころし文句は生きてくるのだ。
作家の小島政ニ郎の告白がいい。少しばかり長いが「ころし文句」がいきいきと使われているので、引用する。
彼女が成長するに従って、私の好きなちょっと憂いの利いた、細面の、体は小締めで、いかにもうまそうな娘になった。
年増になったら、たまるまいと思われるような口のきき方、体のこなしを見せる時があった。
私が慶応を卒業する頃、彼女はやっと十七、八の娘盛りになった。
「いやだわ。だんだんあなたが偉くなって、私との間が遠くなって行ってしまいそうで‥‥。 大丈夫?」
彼女が喜ぶと思って、私が先生になって学校へ残ることになったことを話すと、彼女は少し眉をくもらして、そんなことを言った。
「何を言ってるんだ。大丈夫だよ。小説だけでは、収入が不安定だけど、先生になれば月給が貰えるからネ」
「でも、頼むから、あまり偉くならないで」
「あいよ、面白いことをいうネ。君は‥‥‥」
「だって、私は英語はしらないし、むずかしい本は読めないし、あなたのおかみさんになって、あなたの恥になるようなことにはなりたくないもの」
「わかっているよ。しかし、僕は一生、先生でいる気なんかない。一生の目的は小説家だ。小説家の女房に、英語も、むずかしい本も要るものか」
「本当?」
「本当だとも‥‥。いい女房になる自信はあるんだろう。貧乏所帯を上手に切りまわして、亭主をうっとりさせて‥‥‥」
「いやな人‥‥‥」
やっと明るい顔になって、目の奥に灯がついたような目で私を見て、すぐまた瞳を伏せた。
「もし、この人と一緒になれたら、私の一生は女難史にはならなかったであろう。ある日、忽然として、彼女は私の前から父親ごと姿を消してしまった」と小島政ニ郎が口惜しがっている。
今日は以上です。 お疲れ様でした。