いつもの様に土、日雑感です。


言葉の原点と力を基本ベースにして伊藤 肇の著書「喜怒哀楽の人間学」を紹介しながら私も、もう一度皆さんと一緒に読み直していこうと思っています。 ただ、この本は昭和53年に書かれています。 それでは読んでいきます。


好きと嫌いとどれほど違う


筆者は経済記者である。 いろいろな経営者に会って、この人物はホンモノかニセモノか、あるいは企業内容は決算の数字にあらわれているような内容であるか、どうか。 そんなことを克明に調べて報道するのが主たる仕事である。


かけだし時代、先輩から教えられたことは「嫌な奴だな、と思う人間ほど数多く会え」ということだった。

ところが、ふりかえってみると、全く、その反対をやってきた自分に気がついて愕然とした。


好きな経営者の許へは、実に足繁く通ったし、その交友もだんだん濃密の度を加えていったが<鼻持ちならん奴だな>と思った向には、公式の会合で会っても、こちらからすすんで声をかけることはなかった。


もちろん、先輩から度々、厳しく忠告された。 その度毎に「以後、気をつけます」と頭をさげたが、内心は別のことを考えていた。

先輩、申しわけありませんが、僕は好きな奴とつき合うのに忙しくて、嫌いな奴とつきあっている暇がないのですよ。


好きと嫌いと どれほど違う 命ただやる ほど違う


という都々逸がある。

第一、いくら人に好かれようと思っても、すべての人から好かれるわけにはいかない。 

たしかに一視同仁多くの人を差別せず、平等に愛すること)は王者の態度である。

しかし、そんなことは釈迦か、孔子か、キリストのような聖人なればこそで、われわれ凡人に出来る相談ではない。

十人十色、顔がちがうように、何となく好いたらしい人や、面をみるのでさえ嫌になる人間が出てくるのは当然のことだ


作家の司馬遼太郎もつくづく述懐している。


「四十すぎると、他人さまを平気で嫌いになってしまう。 嫌な男にでもあった時など、その時の自分の如才ない態度など思いあわせて三日も四日も不愉快で、一ヵ月たっても、何かの拍子で、それを思い出すと、何をするのもいやになり、あの一日だけは死ねばよかった、と思うほどだ」


ただ、肝腎なことが一つある。

それは自分の好きな人が立派な人、すぐれた人であることだ


その意味で人間的興味をもった人物の一人に鮎川義介がいる。


戦争中、独力で日産コンツェルンをつくり、これを関東軍の要請によって満州重工業へ移駐するという離れ業をやってのけ、敗戦後はA級戦犯となって巣鴨プリズン入り。 パージがとけると再び返り咲いて、日本中小企業政治連盟を組織し、自らも参議院議員に打って出たあげく、倅、金次郎まで政治家にしようとして失敗。 当時としては日本最大の選挙違反をやらかして、親子ともども参議院を退くという波乱万丈の生涯を送った人である。


そこで、われわれは、鮎川義介を「政財界の両棲動物」ということで「怪物」の項に分類していた。

怪物」とは、大宅壮一の定義によると「馬鹿では怪物になれないが、悧巧すぎてもいけない。 

複雑怪奇で割りきることのできないばかりでなく、分母も分子も大きくなければいけない。 具体的にいうと、行動半径が大きくて、振幅が広いことを必要とする。 

また、心の中の奥の院は他人には絶対にのぞかせないし、のぞいてもわからない。 いわば多次元の世界に住む人間である」


しかし、も一つ条件がある。

それは修羅場を切り抜けた経験を何度もっているか、ということである。

修羅場とは理くつでは割りきれない極限状態だ。 ギリギリの場でぽしゃってしまうようでは怪物の資格はないのである


今日はここまでとします。