傘雨が降ってます。ショック全身痛が最悪だショックタラーダウン

空気も冷たい・・・ガーン

今日はゆっくりスタートです。なので1日がゆっくり過ごしていきます。お茶傘

COFFEETIMEコーヒー

 

昼からトイレ掃除・・洗面台掃除・・と済ませる傘雨の日は痛みの種類が違い太陽晴れの日とは対応が違うので動きまでゆっくりになってしまう。傘これはどうしようもない私の生活パターンです。

冬と夏季節でも違う。気温・・湿度の変化でも違うので本当に生活がやりにくい。慣れたら大丈夫だといえる生活がしたいのですがつねに対応が難しいです。ショボーン下矢印そう「慣れ」と言う時間は私の生活には無いのです。もやもやショック

バタバタせずに過ごせる季節は短いけど春の陽射しが穏やかな時間だけです。チューリップ

身体を温め過ぎても冷やし過ぎても全身が壊れて対応がしにくくなる。ドクロ気持ちも沈没するハートブレイク爆弾気持ちの切り替えがパッパッと出来ない。叫びこんな生活を平成11年からやり抜いて現在も続いています。ひらめき電球10年ちょいくらいはDrと看護師が線維筋痛症の知識が無くて仮病と非難の言葉を・・あるDrは待合室でたくさんの患者さんの前で「お前の仮病を診察する気はないビックリマーク出ていけ。ビックリマーク帰れビックリマーク」と怒鳴離散らされ悔し涙と怒りで苦しかった。今もそのDrは整形外科外来で診察を続けている。だから大学病院の整形外科には行きたいと思わない。病院苦しんでいる私に手を差し伸べてくれたペインクリニックのDrが心を許セル唯一の場所です。現在もペインクリニックで治療を受けています。最初は毎日通院してました。注射をすれば痛みが楽で( ノД`)シクシク…涙する時間が減ったから毎日の通院が当たり前のことになってました。20年目過ぎる前後に他の病気の痛み症状が判断出来なくて手遅れ寸前になった時線維筋痛症の怖さに気づきました。痛みが苦しくて辛くて注射をすれば逃げられたからそれだけで良かったんだと思い込んで他の病気の症状なんて頭に無かったんです。人間のズルい思いまる出しでした。

他の病気の痛み症状で命を落す事に気付いてから通院生活を減らして行きました。耐える自分も必要だと考えて線維筋痛症との共同生活を認める心を持つ努力をする生活と自分も作り出す生活を必死でしてきました。慣れではないんです。痛みに慣れるなんて出来ません。とてつもない激痛が襲ってくるんですから普通の人でも耐えれないのですからネ。共同生活として受け入れてからは考え方も少しずつ変化してきました。もぎ取ってしまいたい激痛が襲ってきても泣いてもがき苦しみ転げ回る時間を違う方向へ向けていく努力をしました。現在は痛い自分も自分だと言える様になりました。通院も4~5年前くらいから月1回に私自身が決めて行動してます。本音は今でも毎日か1日置きにでも注射をしたいんですけど・・・それをしたら今日いる私の努力が消滅しちゃうのでこれからも今の生活を続けて行きます。筋肉